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玉川陽平様へ

玉川様、こんにちは。
丁寧な返信、誠にありがとうございました。
私からの返信がなかなかできなかったこと、お詫び申し上げます。

新しいエントリーで返信したいと思います。
前回、私は以下のように述べました。

>>こちらの犠牲を最小限にして戦争に勝つためにはどうすればいいか、という命題を追求すると奇襲的な先制攻撃が一番有効だと思いますが、それを突き詰めて行くと核兵器の小型化を目指すことになると私は思っています。
予防戦争は相手のミサイル基地や核開発関連施設だけをたたくという戦略に基づいた武力行使で、これは国の交戦権を行使する行為だと私は思います。
したがって現在の9条では予防的先制攻撃は不可能ですが、その代わり日本には日米安保がありますので、私たちには必要十分な抑止力はすでに保持していると私は考えています。


それに対して玉川様の返信がありました。
以下、玉川様の発言を赤字、私の発言は青字ままで表示します。


>>こちらの犠牲を最小限にして戦争に勝つためにはどうすればいいか、という命題を追求すると奇襲的な先制攻撃が一番有効だと思いますが、・・・

>奇襲的な先制攻撃が一番有効とは、どの国の軍事学にも兵法書にも書かれていないと思います。奇襲的な先制攻撃の成功確率は非常に低いのでそれはしないように戒められていると思います。山本五十六連合艦隊司令長官は真珠湾攻撃を計画したとき、桶狭間と川中島と鵯越えを同時にやるようなことを考えないといけないので大変だと言っていたと伝えられています。それほど失敗の可能性が高く、賎ヶ岳の戦いで、佐久間盛政の先制攻撃により、柴田勝家が羽柴秀吉に敗北したことも、小牧・長久手の戦いで、池田勝入斎恒興の奇襲による先制攻撃の失敗により、秀吉が家康に敗れたことも知っていたはずですが、真珠湾攻撃をせざるを得なかったという苦悩があったと思います。基本的に戦争に勝つには正攻法と強い守備だと言われていると思います。日露戦争の観戦武官であったチェスター・ニミッツ提督は日本海海戦を見て、東郷平八郎元帥を非常に尊敬していたと伝えられています。敗戦した日本に来たニミッツ提督が最初にしたことは東郷元帥の旗艦であった戦艦三笠を修復展示することに努めたことだったと言われています。そして太平洋戦争においても日本海海戦のような正攻法の艦隊決戦を日本海軍がするものと思っていたように思います。攻撃兵力は防御兵力の3倍必要であるということは人類のすべての戦争で言われていることで、それが攻撃側が正攻法で攻めて一番被害が少ないことになります。硫黄島の2万の守備兵に対して、米軍は7万の兵力で攻撃しました。

前回の私の文中の「奇襲的な」という部分が表現として良くなかったと反省しています。
電撃作戦や不意打ちなどを含めた広範囲の意味での先制攻撃が戦争に勝つためには有効なのではないだろうか、と私は考えています。
「先手必勝」や「攻撃は最大の防御」という格言は今でも有効だと私は考えています。
先のイラク戦争でも開戦の火蓋は、イラク側から見れば突然の攻撃と優れた機動力を活かした進撃からが始まりでした。
それから「攻撃兵力は防御兵力の3倍必要である」ということですが、過去の戦争の歴史ならば私も同意することができますが、現在そして未来の戦争では、兵士の数の比較よりもハイテク兵器の性能の方が重要視されていると思います。


>>予防戦争は相手のミサイル基地や核開発関連施設だけをたたくという戦略に基づいた武力行使で、これは国の交戦権を行使する行為だと私は思います。したがって現在の9条では予防的先制攻撃は不可能ですが・・・

>予防戦争と予防的先制攻撃は意味が違うように思います。予防戦争は戦争であり、予防的先制攻撃は防衛であるという定義ができる可能性があるという意味で使用すべき言葉です。予防的先制攻撃が防衛であるという定義ができれば、9条とは関連がありません。

予防的先制攻撃が防衛であるかどうかは状況によると思いますが、現在の9条では日本の領海、領空に侵入してきた敵戦力のみしか先制攻撃は許されないと私は思います。
予防が目的であっても現在の9条は公海上や敵国の領域内で先制攻撃をすることは禁じられていると日本の歴代の政府も考えているようですが、私も政府と同じ考えです。
すなわち先制攻撃をすることに対して大きな制約を現在の日本国憲法は定めています。
予防戦争と予防的先制攻撃は「予防」という言葉を頭に持ってきて開戦や先制攻撃を自己正当化するための言葉のレトリックだと私は思います。


>>その代わり日本には日米安保がありますので、私たちには必要十分な抑止力はすでに保持していると私は考えています。

>日米安保もありますが、国連憲章51条もあります。「安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間・・・」と規定されていますので、日本が武力攻撃を受けたときには、安全保障理事会が安全の維持に必要な処置を取ってくれるはずですが、日本も安全保障理事会の構成国として、日ごろから国連軍や国連平和維持軍に参加する必要があると思います。それが義務としての戦争や義務としても防衛になります。但し、このときに安全保障理事会の他の構成国が小型の核兵器を日本も装備するように要請することはないと思います。

国際平和への貢献に対して私は賛成ですが、日本が貢献する方法は慎重に選んだ方が良いと思います。
イラク戦争のように戦後の復興に対して協力する方がアメリカ人からもイラク人からも感謝されるようです。
アメリカからの日本の参戦要請に対して9条は自衛隊を守るための楯として利用できるというのが私の持論です。
日本が核武装をすることに対してはアメリカも現在のところ反対のようですから、たとえ9条を改憲しても直ぐには核武装はできないと私は見ています。
現在の国際情勢では国連憲章51条は当てにできないと私は思います。
やはり日米安保がないと日本の防衛は不安で他の対案がないというのが、残念ながら現状だと私は思っています。


時間の関係上、今日はここまでにしますが、以下に最近読んだ記事を紹介したいと思います。
(今回の私たちの議論とは直接は関係ありませんが、議論を深めるための背景としては無関係ではないと私は思います。)
この記事の筆者、岡崎久彦氏は日本の元外交官という点で日本政府には緻密な外交戦略がないことが窺えると思います。
その分、私たちが冷静に国際情勢を勉強して日本の外交と安全保障についても考えなければいけないと私は思っています。



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  1. 2005/11/22(火) 09:09:24|
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  4. Comment:6
 

  

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