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20条改憲論:政教分離は可能なのか?

匿名希望の○○様からコメントを頂きました。
(ご意見、アドバイス、どうもありがとうございました。)
私の判断で公開しても良いということなので、差し支えのないと思う範囲を一部公開して討論したいと思います。
(今回、非公開にした部分は、私も同じように感じていたり、同意できる意見でした。)

当ブログでは、最近、9条の改憲論についてのみにフォーカスを絞ってきましたが、改憲論全体の中で見ると議論するべきことは他にも多々あると思います。


以下の黒字の文章が○○様からの投稿文です。
(私の考えは、次回、コメント欄で述べたいと思うのでしばらくお待ち下さい。○○様、新しいペンネームを使うなどして一緒に議論しましょう。)
なお、本記事のタイトル「20条改憲論:政教分離は可能なのか?」は私が勝手につけたタイトルです。




 人が一緒になるというのは何か共通の目標がないと長続きしないでしょう。
国体の維持は共通の目標が無いと上手くいかないと思います。
日本の目標って何でしょう。
そのつもりで見るとうーん、漠然として未だ良く分からないのだけど一寸問題有りかなとも思います。

 近頃靖国参拝違憲判決が出ましたが確かに違憲と言えば違憲だろうと思われます。
でも待てよ、何かおかしい、信教の自由を記した20条は9条より改正する必要が有る様に思い、この文を書いてます。

 20条の3項は公機関の宗教介入を厳しく咎めた条文ですけど、では宗教って何なのでしょうか?
その定義はどうなってるのでしょうか?
宗教には盲信して危うい事も多く無闇に近付く事は避けるべきかと思われる。
でもその教条戒律は納得出来る正しいと思われるものも多く、十把一絡げに退けるものとは違うのではないでしょうか。
一般倫理道徳と重なり合う部分も多い。
なのに何故無条件に宗教から離れなければならないのでしょうか、矛盾ではないでしょうか。
宗教と倫理道徳と同じ言を発しても宗教家が発した事が正しくて道徳者が発した言葉は過ちなのでしょうか。
或いはその反対。
宗教と政治は例えてみれば父と母かもしれない。
父がする事に母が口出してはいけないとか母の仕事を父がしてはいけないとか明確な区別があるのでしょうか。
そんな両親の下で育った子はどうなるのだろう。
明確な乖離を求める条文は別居両親の様なもの、その子は幸せか、健やかになれるでしょうか?

 今の日本国内に秩序が乱れてると思われるとしたら、もしかしたらこの条文の所為かもしれないと思われる。
徒に一方の意見に重きを置きレッテルを貼りその行為を安易に決め付けてるととしたら将来危うい目に遭う様な気がします。
偏見の熟成を促してる条文かもしれません。

 人は宗教に盲信する事はいけないと知っている。
盲信の反対は何だろう、盲離とでも言うのでしょうか?
盲信してはいけないからとでは盲離したら良いのか、盲離してもやっぱりだめだと思われる。
真実が見えて無い事にかわりはないのだから、正しく分別、判断をしてるとは言えない。
 盲離は盲信に如かず。

 宗教家と称す方が憲法違反だと訴え出損害賠償を請求する。
待ってよ何で損害賠償なの?
貴方宗教家なの?
政治家に対して政治屋という言い方がありますが、宗教家に対する宗教屋という言葉も有りそうです。
宗教家なら宗旨を明らかにし宗旨でもって損害を算定し不当さを顕現して頂きたく思う。
宗旨も述べず徒に法の狭間で益を得んと謀る事を正義と讃えてしまうのは、20条の狙いとする処では無い筈だ。
宗教家の導とするところでも無い筈だ。
ただ、宗教家ではない私にはわからない。
疑惑の眼差しを宗教屋に向けるだけ。
その言動疑惑有り、盲従強いる意図を憂える。




皆様はどのような考えでしょうか?
参考として20条を最後に紹介しておきます。




日本国憲法
第3章 国民の権利及び義務

第20条
信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
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  1. 2005/10/04(火) 07:58:57|
  2. 政治|
  3. Trackback:1|
  4. Comment:49

  

Comment

幸と福

 福山さん、公開ありがとうございます。匿名にして下さいましたが、別に
隠すつもりは無いので自分で言っときます。はむれっと自体匿名だから隠しても
意味無いしな。改憲論議と言うと9条ばっかり
問題にする風潮に一石を投じたく書いたのです。ただテーマ違いだから取り扱いを
預けたものです。

 この損害賠償を訴え出た宗徒の方々はどういう査定をなさったのかとても興味が
有ります。心を金銭の多寡に置きかえるのにどんな方法を取ったのだろう。宗教団体は
税的優遇されてて不当に金集めをしてる団体も有ると聞きます。でも外からでは
心の値段を計る方法はない。宗教家自らその方法を示してくれるなら、申し訳ないけど
不当に高い寄進には税金を掛けさせて貰えるかもしれない。今日本は借金だらけだから
協力して頂けたらと思う。宗教者は心のプロフェッショナルだしょう?。

 今回宗教者が大阪高裁の決定で最初に控訴棄却されて怒ったのは、まあ分かるけど
その後で高裁が靖国参拝違憲判断だったのを喜んだのはどういう訳でしょうか?。
つまり元々損害賠償など眼中に無かったのでしょう。高裁に違憲判決を出して貰いたかった
だけでしょう。だから控訴棄却されても喜んでるのでしょう。それって偽善じゃないか!。
それって政治力じゃないか、心が痛んだ振りをしただけだと広言した様な
もの。
20条の「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
」という条文に違反してる疑いは、靖国参拝したのが違憲であるという疑いと同程度だと
思う。宗教者は政治的権力に政治的権力を行使したのだから、宗教者としては堕落だろう。
宗教屋の宗教者に弄ばれてる裁判所がそこに有る。宗教家はそんな事をしないと思う。
高裁は一つの違憲判断で2つの憲法違反者を作り出した。この20条は一寸考え直した
方が良い様に思われる。これから裁判所は必要外の判決を無闇に出さないで欲しい。
裁判所の判決自体も宗教的活動の加担になるかもしれない。

 この信教の自由を謳った20条の条文は、その前の19条「思想及び良心の自由は、
これを侵してはならない。」の内の1項目で良いのじゃないかな?。

 少し脱線して、憲法前文に「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、
その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、
その福利は国民がこれを享受する。」とあります。国民は福利を受けるのですね。
幸福という字が有ります。幸福の「幸」は心の豊かさを言うのだそうです、幸福の
「福」はものの豊かさを言うのだそうです。二つ合わさって幸福というのだそうです。
では憲法が目指してるのは、「福利」なんです。揶揄して言わせて貰えば、エコノミック
アニマルむべなるかな。
 日本は戦争前精神力をとても大切にしました、いや浪費したのかもしれない。
その反動かどうか戦後、心の気遣いが少なくなって来た様です。これを少し見直して
見た方が良いと思うので御意見させて頂きました。
  1. 2005/10/04(火) 22:46:45 |
  2. URL |
  3. はむれっと
  4. [ Edit]

はむれっとさん

はむれっとさん、椰子の実と申します。
はむれっとさんのコメントは分かりやすかったです。
確かにこれだと一宗教家が司法という権力を使って一宗教を貶める行為ととらえてもいいかも。
なるほどです~。

たぶん、このページの管理人さんは護憲派のようなので、「それでも、過去に国家が宗教を使って大きな過ちを犯したので政教分離は完全に」とくるか「靖国神社だけは特別にダメで他の宗教なら緩やかにOK」とくるか、意外にも「政教分離は緩やかにすべきだが9条を守るために改憲の道筋を断つ」みたいなことをいうか。
どうくるか楽しみです!
管理人さんよろしくお願いします!
私のblogでも取り上げさせてもらいます!
  1. 2005/10/04(火) 23:14:56 |
  2. URL |
  3. 椰子の実
  4. [ Edit]

はむれっと様へ

はむれっとさん、こんにちは。

政治と宗教は構造的に多数の支持者または信者を獲得しようという行動原理があり、共通点があると思います。
政治家と宗教家は利害が一致する場合が多く、政治と宗教は切っても切れない仲のような気が私はします。

はむれっとさんの最初の投稿(私が公開した文章)と「幸と福」の投稿を読んで一箇所だけ私は疑問に思うところがありました。

「小泉首相の靖国参拝問題」を大阪高裁に訴えた方(原告側)がどういう方か私は知りませんが、裁判所に訴える行為自体が違憲だとは思いません。
宗教対立は日本ではあまり深刻な問題になっていませんが、国際的に見ればかなり深刻な対立が世界各地で起きています。
裁判で解決を図る方法も私はありだと思います。
その場合、賠償金を請求することを認めても構わないと思います。
それ以外の点では、概ね同意できると感じました。

色々な宗教が世界中にありますが、たいていの宗教の教義はどれも良いものだと私は思っています。
問題なのは、その教えを自分の私利私欲のために利用したり、宗教対立を煽ったりする宗教家が中にはいることだと思います。
20条を改憲するとしたら、私は宗教活動家は選挙活動に協力してはならないという点と宗教団体からの脱会を阻止してはならないという点を加えて欲しいと思います。

はむれっとさんの言うように宗教活動資金についても課税優遇制度を見直しても良いと私も思います。
信者が増えるとお布施やグッズ販売などで儲かる仕組みがあるために、ライバル宗教同士で信者獲得競争が起こり、宗教対立が起こるような気がします。

では、また。
  1. 2005/10/05(水) 11:14:28 |
  2. URL |
  3. 福山達也
  4. [ Edit]

椰子の実様へ

はじめまして。
楽しみにしてくれるのは嬉しいですが、先に私が書く内容を予想するのは、控えて頂けますか?
それよりも椰子の実さんの意見をもっと述べて欲しいと思います。
  1. 2005/10/05(水) 11:27:05 |
  2. URL |
  3. 福山達也
  4. [ Edit]

20条は好きなんです

厳密な政教分離は、国民文化やアイデンティティーと分離が不可能な所があると思うので、あくまでも目指すべき理念として意識して努力する事を堅持して欲しいと思う。

誠実な態度として信仰を持つ者が、そのエイトスを制度的にも、つまり政治的に立法化して社会に還元したいと考えるのは自然だと思います。
ただ、一方に慎ましさや謙虚さという価値もあるはずなんですが、どうしても剥き出しで声高な方が注目されるし、そこにこそ生き甲斐を感じられてるような勘違い行者さんも多くいる。

皆が分かる言葉で共通の利益のために働く事は良いことのはずです。
宗教団体に限らず特定の団体個人のために変な理屈で理を曲げる、理を作るというのは駄目でしょう。

政教分離といえば、世界史的に中心になる出来事は30年戦争ですし、講和を定めたウエストファリア条約ですね。
この条約の枠組みは米国のイラク戦争の際にもその有効性が取り沙汰されたので、9条とも関係してくるのかも知れませんね。

多分、憲法では宗教の定義まではしていないでしょう。
それは後代に任せてる、というか、逃げてる。
恣意的に解釈の入る余地はありますよね。

まずは雑感のみ挙げてみました。
  1. 2005/10/06(木) 00:01:30 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

福山さんへ

>「小泉首相の靖国参拝問題」を大阪高裁に訴えた方(原告側)がどういう方か私は知りませんが、裁判所に訴える行為自体が違憲だとは思いません。

私も行為自体を咎め立てするつもりはありませんが、どういうつもりで訴えたのかは聞いてみたい所です。

>裁判で解決を図る方法も私はありだと思います。
その場合、賠償金を請求することを認めても構わないと思います。

賠償金を認めるということは、否定は出来ない様な気もしますが一寸微妙に気に掛かる部分です。
テーマから少し離れそうな気がしますので少し考えを整理してみたい。
東洋的(日本的?)思想と西洋的(アメリカ的?)思想の違いが有り誤解を生みそうな気もします。
  1. 2005/10/06(木) 03:26:18 |
  2. URL |
  3. はむれっと
  4. [ Edit]

トリルさんへ

>厳密な政教分離は、国民文化やアイデンティティーと分離が不可能な所があると思うので、あくまでも目指すべき理念として意識して努力する事を堅持して欲しいと思う。

やはり分離不可能と思いますか?。で、その不可能を目指す理念は否定できないかも知れないけれど不可能を基準に人を咎め立てする事は誤りだ。少なくとも神ならぬ人の分際では出来ないはずだと思われる。
政教分離は目標とするのは構わないと思われるけど行為を一方的に厳しく規制するのは間違いだと思われる。
罰則を伴う法を作ってはいけないのではないだろうか、罰則は個々人が自ら自分に課す事しか出来ない問題だと思うのです。罰則で行為を促すのではなくて、人々の敬意と称賛で行為を促す事しか出来ないのではないでしょうか。
叱る事はするけど誉める事はしない。叱る根拠は与えるけど誉める根拠は定めてないと言うのは何処か片手落ちだと思う。
政治は宗教を善と見なしているのか悪と見なしているのか、悪と見なしていて関係を絶つのは正しい事だろうけど、善とみなして関係を絶つのは矛盾ではないのだろうか?。善でも悪でも無いのなら付かず離れず並立して居れば良いだけだと思うのだけど。徒に政教分離をするのは間違いではないだろうか。

これって教育論に発展しそう。困ったな、人に教育するほど私は出来た人間じゃないから。。。まずい。
  1. 2005/10/06(木) 03:27:48 |
  2. URL |
  3. はむれっと
  4. [ Edit]

裁判所に訴える行為はありでしょう。
賠償金を請求することもありでしょう。

ただ結局裁判所としては、国が特定宗教儀礼色を可能な限り薄める努力をすべきと考えるが、宗教色のない儀礼というモノが無味乾燥でオリジナルの文化性を否定したり、何か他の宗教色を取り入れるぐらいなら、継承されてきた文化に依存した儀礼方法が、国によって支持されたり執り行われることは、多くの国民にとって不自然でもなく大過なく利益だと考えられる、と示すべきじゃないかと思ってます。

で、その”多くの国民”でない各々”少数の国民”方の皆さんの不利益ですが、それは多くの国民の不安の上に優先されるべき事でもなく、国民文化相当の淡い宗教色は強いて排除されるべきではないでしょう?

靖国に限っていえば、戦争を賛美するようなニュアンスは徹底的に攻撃されても仕方ないし、無くすべきだと思います。
しかし戦争体験に青春を過ごされ誇りを持つ方々が嬉しげに過ごされる個人的心情までどうこうしようというのは野暮ですし、勇敢な行為や指定された戦死者追悼や顕彰は当然なされるべきなので、個人であれ閣僚であれ本人の意思の儘に参拝する気持ちがあるならば、私は嬉しく思います。

中韓などの国も国民文化上難しい部分もあると思いますが、靖国参拝や英雄行為の称揚は推奨した上で、戦争賛美のみは絶対受け入れられないので、そのような誤解を与えるような展示や言動はやめろ、と言うなら、多くの日本人にも同意されること間違いないと思うんですけどね。

叱るというより制止する抑制するというニュアンスなので、反語は放任するとか黙認するでしょうか?
行き過ぎた場合にペナルティーが立場や規模や行為の質によって発生する可能性があるのは仕方ないと思います。

褒める行為ですが、宗教に関わらない共通の価値からそうするならば問題無いのですが、やはり特定の価値からの判断で褒めることは、公権力で規定することではないでしょう。
  1. 2005/10/06(木) 10:54:49 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

ごめんなさい~

こんにちは。椰子の実です。
予想はまずかったですか?すみません~。

私の意見ですか~?
言葉じゃ説明しにくいので実例で。

同僚が『私は無宗教だから』と言っていました。
でも、墓参りもするし初もうでもするらしいんです。べつにお坊さんに説教を聞いたり、神主さんにお払いをしてもらうわけでもない。といいながら、子供のお宮参りはしていたんです。

日本人にとっての宗教ってなんなんでしょうか?
海外で言う政教分離を日本人に適用できるのか疑問です。
  1. 2005/10/06(木) 11:27:15 |
  2. URL |
  3. 椰子の実
  4. [ Edit]

白黒灰色

 トリルさんへの文章ですが、自分の書いた文だけど読み返して見ると何かおかしくて、「やはり分離不可能と思いますか?。」と書いたのは誤解を生んでるかもしれません。トリルさんの立場が良く分からなくて確認の問い掛けとして疑問符を打ったのですが、ひょっとしたら反論の問い掛けだと勘違いされているかもしれないので、もしそうなら御免下さい。
 で、トリルさんの言から

>叱るというより制止する抑制するというニュアンスなので、反語は放任するとか黙認するでしょうか?

 そういうニュアンスの受け取り方も有るんだ、と思った次第。ただ強い制止は叱ると言うニュアンスも有ると思うのです。この辺は感じ方次第なのでみんなの意見を聞いてみなければ分からない事かもしれません。個々の意見を押し通す所では無い様でもあります。
>靖国に限っていえば、戦争を賛美するようなニュアンスは徹底的に攻撃されても仕方ないし、無くすべきだと思います。

 徹底的という言葉のニュアンスですが、少し気になる部分です。これには2つの解釈が有る様な気がします。
人は100%の善人を善人と呼ぶ、それに誰も文句は言わないでしょう。でも何故か10%の悪人を悪人と呼びたがる。危うい事ではないでしょうか。
人は灰色の部分を白か黒か決めたがる。徹底議論して白黒つけようとする徹底と、徹底して見つめて何%の灰色か探求しようとする徹底とが有ると思うのです。
灰色を白と思うのは間違いだと思うし黒と決め付ける事も間違いではないだろうか。その按分を正しく把握する事が大切なのではないでしょうか。
徒に政教分離は説くべきモノとは思えないのです。寧ろ適切なる融和を探るモノだと思うのです。
  1. 2005/10/06(木) 21:01:18 |
  2. URL |
  3. はむれっと
  4. [ Edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2005/10/07(金) 00:29:23 |
  2. |
  3. [ Edit]

黒の意味

>>靖国に限っていえば、戦争を賛美するようなニュアンスは徹底的に攻撃されても仕方ないし、無くすべきだと思います。
>徹底的という言葉のニュアンスですが、少し気になる部分です。

ご指摘の通りです。
この問題は難しい状況を含んでます。
ただ先制攻撃や予防戦争を起こすことに今日の日本人は相当の抵抗感を持ってます。
ですからこの辺までなら中韓の言い分に同意する余地は大いにあるのではないだろうかと考えた次第です。

また、はむれっとさんの言うような事を大きな声で言える状況でもないという認識でもあります。

戦争は無いに越したことはないので、実際に起こった戦争は灰色だとしても、戦争そのものの概念はその不確実性も含めて真っ黒クロベーという表現で良いのではないかと考えた次第です。
  1. 2005/10/07(金) 05:20:54 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

お下品な世の中です

まーた、乱入しちゃおうかな?

>人は100%の善人を善人と呼ぶ、それに誰も文句は言わないでしょう。でも何故か10%の悪人を悪人と呼びたがる。危うい事ではないでしょうか。
人は灰色の部分を白か黒か決めたがる。徹底議論して白黒つけようとする徹底と、徹底して見つめて何%の灰色か探求しようとする徹底とが有ると思うのです。
灰色を白と思うのは間違いだと思うし黒と決め付ける事も間違いではないだろうか。その按分を正しく把握する事が大切なのではないでしょうか<

私はね、こう思うのです。
100%の善人がいると思っていることが問題なのだ。と。
ヒステリックな人たちの意見って
「それは100%の善であることが証明されていない、だから、それは悪なんだ」
っていう場合が多いと思うんですよ。
善悪が相対的であることがわかってないんですよね。
でもそういう人達と議論するっていうのは、すごく消耗するんですよ。
こっちも少しヒステリックになっちゃう。
疲れるんだな・・・・。

>徒に政教分離は説くべきモノとは思えないのです。寧ろ適切なる融和を探るモノだと思うのです。<

おっしゃる通り。
もちろん
>戦争は無いに越したことはないので、実際に起こった戦争は灰色だとしても、戦争そのものの概念はその不確実性も含めて真っ黒クロベーという表現で良いのではないかと考えた次第です。<
も全面的に賛成です。
兵は凶器。
これは変わらない真理でしょう。
だから、使うときは最低限の時間、最低限の範囲で用いるのがエレガントなのですね。残念なことに現代の戦争は概ね下品ですけどね。
やだやだ。
  1. 2005/10/07(金) 21:08:26 |
  2. URL |
  3. 鮎川龍人
  4. [ Edit]

宗教の定義は必要か?

20条の改訂には反対ですが、宗教や信仰について憲法上で念頭している定義を、明らかにして欲しいです。

私は木走日記プログのコメント欄の最後にも書きましたが、宗教とは政治の原始的形態という一面が大きいような気がします。

今日、大抵の国の政治も、この原始的形態時の名残りを普通持っていると思います。
それが政教分離が厳密には不可能であるということに繋がります。

既存の宗教が原始的形態面で原理的な対立や矛盾を、俗界の政治に感じるだけでなくそれを改変せしめようとする事があります。
革命の一つの解釈ですね、これは。

憲法は多分革命は想定していない。
あくまでも議会制民主主義を前提に書かれているように思う。

少なくとも自分は全体主義政府や暴力革命には反対なので、宗教が原理面で政治と対立しても実際的行動は禁じられ無ければならないと思うし、その様な矛盾が生まれる素地について、政府と宗教は深く考察し、穏健で合法的に改革改変できるように、国民にアピールしておくべきでしょう。

敢えて今思い浮かんだことを言えば、公明党は創価学会から距離を置くべきだ、ということです(笑)
非学会員からも広く支持されるような政党に脱皮しなければ、遠からず異物として決定的に排斥されるでしょう。
どの様な原理的改変や修正を意図してるのか、未だ私には良く分からないので、それが広く国民に受け入れられたり支持されるものか測りようがない。
そういえば切り込み隊長さん辺りは自民党への吸収もあり?みたいな認識を示していましたね。

また取り留めない話になってしまいました。
すみません。
  1. 2005/10/08(土) 11:51:45 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

鮎川さんへ

 鮎川さん、こんにちは。乱入?ですか。((((^^;
いえいえご意見サンクス。

>100%の善人がいると思っていることが問題なのだ。と。

なるほど、加えて自分は善人だと思ってる事が問題な訳かな?。

政教分離についてはどういうお考えですか?。
  1. 2005/10/08(土) 20:15:15 |
  2. URL |
  3. はむれっと
  4. [ Edit]

すみません

 トリルさんは、政教分離は不可能だけど20条の改訂には反対だというのは、目標は不可能でも掲げておくべしとお思いですか、それとも今は時期で無いとお思いですか?。

 政教分離を存続させるなら宗教の定義は必要ではないでしょうか。境界に曖昧さがあるのに、それを基準に明確な分離は出来ないのではないだろうか。裁判の度に判断が違ってしまうのでは?。
 政教融和を進める時には逆に明確な定義は必要では無いのでは。
 今の政治や社会でも宗教ではなくて倫理道徳が求められてるのではないでしょうか。国でもあちこちの自治体でも政治倫理条例なるものが流行ってます。これは社会から倫理観道徳観が無くなって来てるという事ではないでしょうか。宗教を広めるのではなく倫理道徳はこれから推し進める必要があると思うのです。でも、宗教と多くの面で競合してしまうのではありませんか。そしてこの20条というのは倫理観道徳観を制してしまってる様に思うのです。

 今替え時ではないでしょうか?。ただどう変えるかは難しい事かもしれませんが、何か良い知恵ないですか?。

>敢えて今思い浮かんだことを言えば、公明党は創価学会から距離を置くべきだ、ということです(笑)

 私も今違う事を思い浮かびました。昔テレビのCMで面白いのがありました。体格のよい女性が、ダイエットを志し「私は甘い物が嫌いだ、甘い物が嫌いだ、ぜ~ったい甘い物が嫌いだ。」と言いながらカメラが引くと部屋一杯のケーキが並んでる。そんなに甘い物と睨めっこしなくても。。。
 「ははは、これは絶対ダイエット出来ないな。」と思いましたよ、何せ私は体重計に乗りたくないから、この女性がダイエットに失敗するのはよーく分かるよ。(ひや汗)
 でも私はタバコは止めました。で、極意を伝授して差し上げましょう。(何か偉そう。ゴンッ)
 タバコを止めたければ禁煙しようとは思わない事ですよ。何か逆説的でしょう。もし赤ちゃんが出来てタバコは止めようかなと思ったとしたら、サッと止める事です。でも吸いたくなる時がきっと来ます。吸いたくなってタバコに手をやろうとしたら、赤ちゃんの顔を思い浮かべるのですよ。そして禁煙しようという思いは忘れてしまう事です。タバコはそのままゴミ箱にいれましょう。なまじタバコと睨めっこなんかするもんじゃないです。タバコを吸おうともタバコは止めようとも思わずに、赤ちゃんの笑顔でタバコを忘れてしまう事です。
 でもこの極意、みんなに効くとは限らないかも。(汗)

 公明党は創価学会から距離を置かなくても良い様に思います。寧ろどんな倫理観をもってどんな行為をするか決め、創価学会を忘れてしまう事だと思われるのです。創価学会から離れているか近付いて居るかは創価学会が判断基準だからメリハリを付けようとして離れ過ぎてしまうかもしれない。でも政党は政党としての規範を別に持ちそれを基に行動するべき物でしょう。そっちを思い浮かべて、タバコは忘れちゃいなさいよ~。(笑)

>また取り留めない話になってしまいました。
すみません。

取り留めのない話負けねえぞ~。(思い違い?)
すみませ~~ん。
  1. 2005/10/08(土) 20:16:01 |
  2. URL |
  3. はむれっと
  4. [ Edit]

はむれっとさんへ

>トリルさんは、政教分離は不可能だけど20条の改訂には反対だというのは、目標は不可能でも掲げておくべしとお思いですか、それとも今は時期で無いとお思いですか?。

はい(笑)
他者に造られた人工的な国家で無い限り政教分離は無理ですが、綺麗事でもありますが多様な価値や思想を内包できないようではこの国に先行きは見えてます。
それを世界に高らかに唱うために20条を持ち続けることは、今日、大抵の先進国でもやってるようです。

>今の政治や社会でも宗教ではなくて倫理道徳が求められてるのではないでしょうか

御意。
しかし国主導ではなく、手綱を緩めて地方や家庭や青年会主導でできるようにしてもらいたいと考えます。
できれば林間学校みたいな機会が増えれば、もっと良いような気がします。
私が小中学校の先生なら平田弘史の漫画を教室の後ろに置いておきます。

しかし幼い子供に対しては親の影響が大きいです。
これは社会から矯正かけないと駄目ですが、社会そのものが、価値体系が、付加価値という、場合によってはイリュージョンでしかないモノを優先というせざる得ないという今日的状況は、どうにかしてコロンブス的転換をしないと、絶対足下を掬われると思います。
モノ造り、心造りを大事にしたい、するということ、何故それが必要なのか?は大上段に国は宣言して欲しい。

それが人類を救う(笑)



  1. 2005/10/08(土) 22:35:42 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

政教分離ねぇ・・・

法というもので、政教分離を扱うのが厚かましいのではないですか?
政治の論理と宗教の論理は切り口がちがうでしょ?
だから、進んだ国ではカルト(セクト)防止法で対処するのですよ。
公明+創価の件は、創価さえ潰せばあとは自然にまかせればいいと思います。
まぁ、大作君が死ねば同じようなことになるでしょうね。

簡単に言えば、政教分離が可能かどうか論じることに意味なし。
というのが、私の意見。
個人のなかでは、政治も宗教も一体ですからね。
  1. 2005/10/08(土) 23:03:12 |
  2. URL |
  3. 鮎川龍人
  4. [ Edit]

はじめまして(*^。^*)/FC2ブログから飛んできました。私はブログは初心者なので、ランキングに載っていらっしゃるあなたのサイトは参考になります。私のサイトではある簡単な投資のノウハウを公開しています。よろしければ見に来てください。
  1. 2005/10/08(土) 23:22:22 |
  2. URL |
  3. ポット
  4. [ Edit]

はむれっと様へ

皆様の議論を興味深く拝読させて頂いています。
皆様の議論にコメントできる時間が取れず、申し訳ありません。
今回ははむれっと様への個人的な返信になってしまいました。


はむれっと様へ

こんにちは。
当ブログは議論する場所として存在しているので、次回からは公開して構いませんよ。
(個人的なことで他者には秘密にしたい場合、管理人閲覧モードを使用してください。)

で、今回の返信をする前にはむれっとさんの投稿を公開しておきます。
↓↓↓はむれっと様の投稿です↓↓↓

 今回ちょーと長いかも、失礼。
福山さんの言から
>>裁判で解決を図る方法も私はありだと思います。その場合、賠償金を請求することを認めても構わないと思います。

 裁判には刑事事件の様に制裁の意味合いを含む事と民事事件の様に調停の意味合いを含む時がある。どちらで裁可するのでしょうか。

 一寸大きく脱線するかも知れませんが、(いや可成り)例え話でも。
 私は福山さんの様にアメリカに住んだ事はおろか、日本から出た事は無いのでアメリカの考え方は分かりませんが、こんな話が有ります。
 或る大学に通う事になった日本人とアメリカ人の学生が1つの部屋に共同で住む事になりました。住むにあたってお互いの決まりとして門眼を取り決めました。二人で住み始めて暫くするとアメリカ人の学生が門限に遅れてしまいました。日本人の学生は初めての事でもあり何も言いませんでした。暫くしてアメリカ学生は又門限を破ってしまいました。
 日本学生は悪いと分かってる筈だから口うるさく言っても気まずいので黙っていました。それから段々アメリカ学生の門眼破りが酷くなって来て、堪りかねて日本学生がアメリカ学生を詰問しました。何度も最初の取り決めに背いて門眼を破り酷いじゃないかと。
 そしたらアメリカ学生は反論しました。詰問される覚えはないと。「門限に遅れる事は悪い事かも知れないけれど貴方は承認したじゃないか。門限に遅れた事が分かってて何も言わないのは黙認であり黙認は承認である。承認しながら詰問するのは酷い。」と言うのがアメリカ学生の主張でした。日本学生は「黙ってたのは過ちは自ら改めるモノで保留してただけだ、声に出して述べなければ承認ではない。」というものです。黙認は承認か否かというものです。
 この辺り日本とアメリカか、或いは東洋と西洋の考え方の違いがあるという話です。この、それが善か悪か良く分からない黙ってる領域は、神の領域とでもいうべきか日本学生は「神は無闇に汚すべからず」と思ってる訳ですが、アメリカ学生は「神の恵みは受けるべし、粗末にすべからず」と思ってのではないでしょうか。どちらにも理が有ると思うのです。でも誤解はあり互いの不信を生む。

 そういえば他に思い当たる節もある。アメリカは何かと言うと対日制裁をしてくる。私に言わせると、「待ってよ何で制裁なんだよ。」と思ってしまう。英語でいう制裁にはどういうニュアンスを含むのか分からないのだけど、制裁というと相手に害になる手段で翻意を促す行為という意味合いがあると思ってます。簡単に言えばリンチだと思う。「翻意は先ず言葉で話し合ってするべきモノで力に訴えるのはその後だろう、如何に取り決めをしたって害する行為を無闇に強いられる覚えは無い。」と言いたい気分だしそんな条約を結んだとしたら「誰やそいつは」と言いたい気分。
 日米の学生の誤解とよく似てると思いませんか??。

 日本はアメリカ流に倣って北朝鮮に経済制裁しろという声があります。これは一寸思い留まった方が良い様に思うのです。経済封鎖を止めるのではなく制裁に待ったを掛けたい、するなら制裁ではなく対抗措置として経済封鎖をするべきだと思う。制裁という言葉を使えば害なす行為の肯定に繋がる。相手が害したからと言ってこちらも害して良い訳ではないでしょう。平和主義にはそぐわない。それは北朝鮮の翻意を促す事にはならないだろうし返って反発を招く。何より日本自身が誤解し奢ってしまう事が一番危うい。
それが過去の歴史に学ぶという事ではないでしょうか?。

 良くも悪くも隣国は日本を東洋の似た文化を持つ隣国だと思ってると思う。この似た文化が曲者で、例えばお寺の片隅に西洋人が唾を吐きかけるのと日本人が唾を吐きかける行為は違う意味になる。
 西洋人は文化も違い神との対峙姿勢も大きく違うから、子供の様に良く知らない人がする行為で罪有りても過失と見なされるかもしれない。けれど似た文化を持つ日本人がすれば知ってて行う行為は故意であり罪大きいと見なされ憎しみを産み出すと思われる。
 日本は制裁するべきでは無いと思う。

 中国韓国から靖国参拝は止めろと言われる。戦争の賛美であるという。いや一寸待ってよ、そういわれても仕方ないかもしれないけれど、日本に終戦記念日が有る様に中国には戦勝記念日がある。戦勝記念とはどういう意味ですか、それは参拝よりよっぽど戦争の賛美じゃないか。責めるつもりではないけれど歴史に学べというならば中国も又学ぶべきだ、日本と中国は五十歩百歩しか違わない。
 何故自国民の心を操り他国への憎しみを植え付けるのか?。違いに目を背ける為か、歴史は共に教科となるのではないか。
それを声にして言える日本であって欲しいと思います。

 その為に幾ばくかの自衛力は有った方が良いかもしれない。でも大きすぎる力は持たない方が良いと思う。力に裏打ちされない言葉の方が真の賢者なら受け入れやすいだろう。宗教から離れて神の領域から離れるべきかもしれないけれど勇気を持って隣人の心を知る事も必要だと思う。

 裁判では制裁の裁可はするべきではなく、調停の裁可が必要だと思う。宗教を知らず調停が下せるモノか?。

 うわ~、長くなっちまった。長すぎるかな。寄り道し過ぎた気もする。福山さんへの返信だからどっちゃでも良い様な、公開判断お任せ。
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以下、私の返信です。

>>裁判で解決を図る方法も私はありだと思います。その場合、賠償金を請求することを認めても構わないと思います。
>裁判には刑事事件の様に制裁の意味合いを含む事と民事事件の様に調停の意味合いを含む時がある。どちらで裁可するのでしょうか。

調停の意味合いが強い民事裁判を私は念頭にいれて発言しました。


門限の例え話は、個人、個人で対応が異なりますが、一般論で言えばアメリカ人は時間にルーズです。
また、この例え話のケースでは、怒るよりも頼む(お願いする)という選択肢が良いと私は思いますが、それは相手がアメリカ人だからというわけではありません。
日本人と比べてアメリカ人は謝罪することが少ないと思いますが、最近の日本も簡単には謝罪しないというふうな傾向があると思いますので何とも言えませんね。
「制裁」は「sanction」の訳だと思いますが、「sanction」には色々な意味があります。
名詞の時は「制裁」という意味だけでなく「許可」「批准」「奨励」「支持」「拘束」という意味もあり、動詞の時は「認定する」「批准する」「制裁措置をとる」という意味があります。

政教分離に関してはアメリカよりも日本の方が状況的には良いと私は思っています。
特に去年の大統領選挙の時、熱心なキリスト教徒のブッシュ氏を支持する力はものすごいと感じましたね。
  1. 2005/10/09(日) 02:40:32 |
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  3. 福山達也
  4. [ Edit]

鮎川さんへ

>法というもので、政教分離を扱うのが厚かましいのではないですか?
政治の論理と宗教の論理は切り口がちがうでしょ?

 切り口は違うけれど、法が政教を扱うのではなくて政教が法でもって権力を定めるのではありませんか。宗教の法は誰が定めるのか知りませんが、政治の法は人が定める。
 だから法は注意して定めないと、後で自分で自分の首を絞めてしまうかもしれません。自分で自分を律する法を定める事が寛容かと。
 出来れば定めたくないのですが、そうも行かない様で厚かましく出しゃばってまーす。(汗)

>公明+創価の件は、創価さえ潰せばあとは自然にまかせればいいと思います。
まぁ、大作君が死ねば同じようなことになるでしょうね。

創価学会がどんなものかよく知らないですが、こんなに大きくなるというのは何か大きな力が有ると云う事でしょうね。それが大作君に起因する事なら死ねば亡くなってしまうでしょうがそうでなかったら、「民主党は何故大敗したのだ。」と同じ様に慌てるかもしれない。その力は何なんだろう。。。っと、脱線しそう。やべぇー。
  1. 2005/10/09(日) 05:46:05 |
  2. URL |
  3. はむれっと
  4. [ Edit]

トリルさんへ

>他者に造られた人工的な国家で無い限り政教分離は無理です

 他者というのはどの様な者?。神様、王様、悪魔?。人工的国家というから人には間違いなさそうですから、王様、皇帝、天皇、主席かな?。

>綺麗事でもありますが多様な価値や思想を内包できないようではこの国に先行きは見えてます。
それを世界に高らかに唱うために20条を持ち続けることは、今日、大抵の先進国でもやってるようです。

 多様な価値を内包出来る事は私も必要だと思います。それを言われると、(う~ん、笑)
 法体系の中には明確に定めるものと推奨とか勧告とか少しあやふやなモノがありますが、推奨事項として書き込んでおく事は如何ですか?。
 「目標は不可能でも掲げておく」というのは明確に定めては返って人は常に悪人のままで報われないとも言える。そんな定め方が良いのかどうか?。
 むしろ「~してはならない」ではなくて「~する努力をする」とか。で、こんな項目を一つの条文として独立させるのはいけない様で19条の一項目として書き加えておく方が良いのではないでしょうか?。
この辺で妥協しよ~や。ってのも可笑しいが。

>私が小中学校の先生なら平田弘史の漫画を教室の後ろに置いておきます。

 平田弘史さんですか?、どんな人か知りませんが覚えとこ~。近頃漫画見てないからなー。どんな本です?。
 学校と言えば先生は躾や体罰を直ぐ暴力と言われ萎縮してしまってるのではないだろうか。何やら校内暴力が多いと聞きます。強く叱れる教師が不足してるのではないでしょうか。為に子供の暴力を抑制する事が出来なくなってるのではないか危惧いたします。

>モノ造り、心造りを大事にしたい、するということ、何故それが必要なのか?は大上段に国は宣言して欲しい。

 モノ造りではありませんが、労働者の権利として有給休暇が有ります。確かに昔のよく働く労働者には必要だったかもしれませんが、今の労働者に果たして必要かどうか?。
 その昔有給休暇というのは入社して1年して6日貰えました。それがいつの間にか入社半年10日になりました。でもその頃はまだ週48時間制でした。それが週40時間制になって働く時間が減ったのにそのままどころか今度は1年に1日ずつ増えるのが2日ずつ増やしなさいという事になりました、上限はいっしょですが。
 月に20日働いて20万貰う人が居たとして、月に18働いて同じく20万貰う人が居るのです。何かおかしくないですか、一生懸命20働いた人がアホみたいや。
 この前役所の中での会話を耳にしました。「その日はだめです、休まなければなりません。」聞いてて何か言葉のニュアンスが気に掛かった。「あれ、有給休暇って義務だっけ?。有給は権利だけど義務じゃない。有給を権利として取るならば基準は20日で2日分儲かって喜ばしいかもしれないけれど、有給を義務として取ったなら18日が基準で2日余分に働く人は違法で罪人です。これは労働行為の否定です。労働を否定して給与ばかり払わせてては税収が増える訳がない。国に将来は無いでしょう。
 心配しないで、中国韓国その他の国は喜ぶ事でしょう。それが人類の為かもしれません。日本博愛主義万歳。
大きな誤解を生む法は無くした方が良いと思う。
  1. 2005/10/09(日) 05:47:03 |
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  3. はむれっと
  4. [ Edit]

はむれっとさんへレス

>>他者に造られた人工的な国家で無い限り政教分離は無理です
>他者というのはどの様な者?。神様、王様、悪魔?。人工的国家というから人には間違いなさそうですから、王様、皇帝、天皇、主席かな?。

人工的なというニュアンスが大きい国なら、旧宗主国を頂く多くの国にありませんか?

>「目標は不可能でも掲げておく」というのは明確に定めては返って人は常に悪人のままで報われないとも言える。

その通りですよ。
本質的に政教分離不可能の確信犯なんですから。
もう、これは人生の機微としてのレトリック表現として「あり」としか言いようがないと思いますよ。
推奨事項として書き込む様な後退表現が良いとは思いませんし。

平田弘史氏の漫画に興味を持って頂けたなら、薩摩義士伝全5巻(リイド社)をお薦めします。
まず1冊手にされて、気に入っていただければ是非全巻収得されると良いと思います。

>有給を義務として取ったなら18日が基準で2日余分に働く人は違法で罪人です。

役所の論理として、横並びに消費しないと不平等、逆平等が生じて、査定その他に影響させないためと聴いたことがあります。
組合的には罪人なのかも知れませんよ(苦笑)

因みに私には有給など存在したこともございません。
仕事が無いということは、おまんま食えないということです。
シンプルです。
労働者の権利というモノも見直すべきだと思いますよ。
世界的な流れに関係なく、相互扶助以外の部分は一旦ざっくり切り捨てても良いんじゃないかな。乱暴かな?

門限違反の件は、その都度、前もって決めた原則論を振り回すしかないと思いますよ。
言い方や表現は色々できるでしょうから、そこでさじ加減をするのです。
何も言わなければ、取り決めが無実化無効化したと思われたり主張されても仕方ないと思います。
あくまでも法理的にはですけどね。

日本的な情緒論は法理ではないですから。
日本では逆に法理を振り回すと、裁判で勝って勝負に負けるという事になりますからね。

程度の差はあっても何処に行っても、法理を振り回して主張をすると、根に持たれるリスクはありますよ。
  1. 2005/10/09(日) 12:05:05 |
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  3. トリル
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信頼の元は

>人工的なというニュアンスが大きい国なら、旧宗主国を頂く多くの国にありませんか?

宗主国ですか、構造が良く分かりませんが其所では可能なので?。強い権力で押さえ込めてしまうとか?。

>本質的に政教分離不可能の確信犯なんですから。
もう、これは人生の機微としてのレトリック表現として「あり」としか言いようがないと思いますよ。
推奨事項として書き込む様な後退表現が良いとは思いませんし。

妥協せずという事ですね。

>平田弘史氏の漫画に興味を持って頂けたなら、薩摩義士伝全5巻(リイド社)をお薦めします。

成る程、義士でいらっしゃいますか。そりゃー妥協せんわなー。(笑)
壬生義士伝みたいなのかな。維新の頃の話か、しかし義士って誰、西郷ってどちらかというと情の人やろ、義士とは言えない様な。大久保は冷徹そうで、これも一寸違う様な。。。
む、殺気!。何ギシギシ言うてんねんと言う声が聞こえて来そう。戻ろう。

>労働者の権利というモノも見直すべきだと思いますよ。
世界的な流れに関係なく、相互扶助以外の部分は一旦ざっくり切り捨てても良いんじゃないかな。乱暴かな?

良いのでは、出来るか出来ないかは置いといて選択肢の中に入れるのは構わないのでは。政教分離もそうだし、、、
よく土建屋談合と言いますけど、労働組合だってその構造は立派に談合ですよ。ただ団交と濁らない分だけ清らかだと錯覚してるだけ。寧ろ堂々とシュプレヒコールやストライキしない分だけ土建屋の方が害薄いかも。ソ連崩壊の元因は何だったのだろうか。

>程度の差はあっても何処に行っても、法理を振り回して主張をすると、根に持たれるリスクはありますよ。

それは情も同じでしょう、振り回せば恨みを買うか顰蹙を買うか。同じ様なものでは。
振り回さない誠意と信頼を得れば上手く行くのでは。まあ、政教分離出来なくても信頼が有れば誰もとやかくは言いますまいとは思います。信頼の元に何を置きますか、義にしますか?。
私は誠にしようかな。(やばいぞ、新撰組は負けたしな~)

何が良いのかな。。。。
  1. 2005/10/09(日) 19:58:04 |
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  3. はむれっと
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義でしょうな

個人なら誠を上に置くのも可ですが、集団となればどうしても義を上に持ってこなければならないと思います。
ま、究極の選択状況みたいなもんでしょうし、誠を通すため詰め腹切る個人も出てくるでしょうね。

劇画の薩摩義士伝は英語版でも、確かフランス語版も出てますよ。題はSATHUMAでしたかな?
元ネタがちゃんと有るので検索すれば出てきます。
幕末ネタじゃないですよ。
木曽三川の治水工事の話です。

旧ソビエト連邦が造った傀儡政権群は結構政教分離ではないでしょうか?
シンガポール、国じゃないけどかっての香港、マカオ、ゴア、アルジェリア、リベリアとかどうなんだろう?
政教分離でなければ大変だぞ、きっと。
いずれにしろ、あくまでも政教分離の可能性があるのはそのような国だろうなというだけで、そのような国が必ずそうだというわけではないので悪しからず(笑)

*薩摩義士伝は英語版は無いようでした。
フランス語版「SATSUMA」
デルクール/アカタより絶賛刊行中
http://www.akata.fr/lagriffe/presse/esprit_du_combat/hirata_video.html
http://www.manga-news.com/article.php3?id_article=1581
リイド社の一部立ち読み可能
http://www.leed.co.jp/www3/contents/CONISBN4-8458-1741-1.htm
  1. 2005/10/10(月) 05:21:57 |
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  3. トリル
  4. [ Edit]

詐欺でなし

トリルさん、こんにちは、何やら詐欺めいて来たので確認をば。
>個人なら誠を上に置くのも可ですが、集団となればどうしても義を上に持ってこなければならないと思います。

というのは私の問い掛けに対する返事と考えて良いのでしょうか?。
>>振り回さない誠意と信頼を得れば上手く行くのでは。まあ、政教分離出来なくても信頼が有れば誰もとやかくは言いますまいとは思います。信頼の元に何を置きますか、義にしますか?。

これはつまり信頼が有れば政教分離はそれ程大事な事ではないという私の考えを肯定した上での返答ですか。
それとも単に信頼の元はこれが良いという一般論若しくはトリルさん個人の信条ですか?。

前者として、政教分離より大切なモノが有るなら、それをメインに据え、サブとして20条を1項目扱い推奨項目とするのは
決してトリルさんの言われる、

>推奨事項として書き込む様な後退表現が良いとは思いませんし。

後退表現と捉えるのは間違ってませんか?。
国の基本法は「~してはならない」という否定的な書き方ではなくて、
「~する」という様な肯定的表現にした方が良いのでは有りませんか?。
短所に囚われず長所を見る様した方が良いと思うのですが。憲法は刑法ではないのだから。

>旧ソビエト連邦が造った傀儡政権群は結構政教分離ではないでしょうか?

で、ソビエトは無くなった。いやソビエトが無くなった。
政教分離を謳えば国が無くなる危険性が有るという事では?。

俺って詐欺師なのかな。(汗)

>木曽三川の治水工事の話です。

面白そうやん。
  1. 2005/10/10(月) 08:57:17 |
  2. URL |
  3. はむれっと
  4. [ Edit]

はむさんへ

ちょっと話がずれて伝わったみたいです。

>私の問い掛けに対する返事と考えて良いのでしょうか?

はい。
誠と義では、公正さという意味で義の方が信用高いと思います。
ただし公正さを無視すれば、誠の方が強い感動を与えますよ。

>これはつまり信頼が有れば政教分離はそれ程大事な事ではないという私の考えを肯定した上での返答ですか。

そうとも言えるし、そうとも言えない。
信頼があるためには政教分離が掲げられて担保になってることが要件ではないかと思います。

逆に政教分離が掲げられていても信用ならない相手と見なされていては、言葉は上滑りするだけでしょう。

>それとも単に信頼の元はこれが良いという一般論若しくはトリルさん個人の信条ですか?

私の考えです。
誰にも強要する気はありません。
それぞれが自身に問いかけて答えを持てば良いと思います。

>「~する」という様な肯定的表現にした方が良いのでは有りませんか?

この場合は「義」を頭にあげるということでしょうか?
それぞれの信仰が異なる「義」をあげたらどうします?
私のように特定の信仰を持たない者の「義」はどうなります?

それぞれの立場や「義」を抑制するという意味で、表現としては不健全的なニュアンスを持つ「~してはならない」という否定的な書き方の方で良いのではないかと思います。

確かに、否定表現で書かれる基本法に不愉快さを感じる気持ちには深く同意する気持ちもあります。
しかし、あるモノを表現するのに、どうしてもその周辺をなぞって「~ではない」を繰り返すことでしか表現しようが無い存在や現象があるということも、ご存じだと思います。
此処で憲法が扱うテーマもそのようなモノではないでしょうか?

>政教分離を謳えば国が無くなる危険性が有るという事では?

政教分離を本気でやればという事ならそういう面はあると思います。
アイデンティティが無くなりますからね。
ま、あれは共産主義という新興宗教が各既存宗教を否定しようとして失敗した結果とも言えると思うんですけどね。

>面白そうやん。

小山ゆうの「俺は直角」「おーい!竜馬」も小学生にはより理解し易いとは思うんですけど、結局これらはヒーロー物ですからね。
「薩摩義士伝」は今日の状況でいえば自衛隊のイラク派遣にも通じる気脈を感じます。
ま、政府が本当のところ何を考えてるか知りませんが。
福山さんにもまだ未読でしたら是非英語版を手にされて目を通されて欲しいなーと思います。
内容に是非は当然あるでしょうが読んだことを後悔したり無駄だとは思わないと確信します。

  1. 2005/10/10(月) 15:00:28 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

な~に、トリちゃん

モード変更 (^^) 失礼

>ちょっと話がずれて伝わったみたいです。

なかなか他人の意見を掴みきるというのは難しい様で、読解力の所為かな。(^^;

>誠と義では、公正さという意味で義の方が信用高いと思います。
ただし公正さを無視すれば、誠の方が強い感動を与えますよ。

義という概念も難しいが公正さの概念も難しいな。
この話続けてみたい気もするけど、少し脱線が過ぎる様で止めときます。

>私の考えです。
誰にも強要する気はありません。
それぞれが自身に問いかけて答えを持てば良いと思います。

見返してみれば随分長く書いたモノだ。私の所業とは信じられん。何か変や、俺ってアホなのに。``r(^^;)ポリポリ
何かトリルさんとばっかし話してるとトリルさんを問い詰めてるみたいで、これ以上したら意見の交換から意見の押し付けになってしまいそうです。この辺が引き際かと思いますのでモード変更というより元に戻ろう。化けの皮見せとこ~。

>この場合は「義」を頭にあげるということでしょうか?

いいえ、特に義に拘るつもりはないのです何かそれに変わるもの。

>確かに、否定表現で書かれる基本法に不愉快さを感じる気持ちには深く同意する気持ちもあります。
しかし、あるモノを表現するのに、どうしてもその周辺をなぞって「~ではない」を繰り返すことでしか表現しようが無い存在や現象があるということも、ご存じだと思います。

その無い存在を表す概念が有れば、それを基本に「~する」という表現は出来る訳で、それは義がよいのか誠がよいのか信がよいのか或いは他に。。。
20条(19条もかな?)は「信教の自由は自己責任の範囲内で、何人に対してもこれを保障する。」で良いのでは?。自分で判断して自分に保持しとけば良いので他の意見を盲信する必要もないし、他に押し付ける事も自己責任の範囲から外れる。他人の自己責任の範囲に立ち入るべからず。
む、イカン。「~ず」はやっぱり否定形だ。A^^;)あはは

トリルさんが目標として政教分離残すべきと言う様に私は目標として政教分離外すべきと思ってるのだけど自分の信条として持ってれば良いだけで別に押し付ける気はないので止~めた。ヽ(^o^)ノ

>小山ゆうの「俺は直角」「おーい!竜馬」も小学生にはより理解し易いとは思うんですけど、結局これらはヒーロー物ですからね。
小山ゆうのマンガまだあんの。小山ゆうさんは筆力は可成り有るよ。少女マンガばりの感情表現出来る人だよ。間違い探しクイズの様に殆ど同じ絵を書いて何処が違ってるのか分からないのに顔の表情が違うのだ。そしてそれがストーリー展開にマッチしてるから意識的に描いてるのが分かる。思わず唸ってしまった事がある。
少女マンガの方で庄司陽子(生徒諸君!)も上手いよ。自分的には大谷博子ファンだな。(゜゜)*ゴン\(^^)誰も知らん。
  1. 2005/10/10(月) 20:04:59 |
  2. URL |
  3. はむれっと
  4. [ Edit]

神の名を無闇に口にする無かれ

小山ゆうは現役ですよ。
上戸綾主演の「あずみ」は小学館の青年誌で連載中です。
生徒諸君!いい作品です。
少女漫画の大御所では、山岸涼子竹宮恵子辺りが好きですよん。
「エロイカより愛を込めて」が再開したのは知ってますか?

と、横道は此処までにして。

「信教の自由は自己責任の範囲内で、何人に対してもこれを保障する。」
これは多分、現在は自然権として認められていると思います。
つまり文言するのはおこがましい程現在の日本では当たり前のことではないでしょうか?

>その無い存在を表す概念が有れば、

概念はあるんですが、それに名を付けるのも、付けた名で呼ばわり利用されるのも危険極まりないモノなんですよ。
名が付いた途端勝手にそれぞれが自分に都合良くねじ曲げ始めるんです。
だから常にその周囲から、そんなものは神の意志や義や誠のはずはない、と警告しなければならない。
そういう不定型なモノに従おう、と表記するのは恣意的な操作を受ける根拠を与えるようなものではないでしょうか?
  1. 2005/10/11(火) 06:36:08 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

○の名は知らない

トリさん、こんばんは~(^^)/
何と守備範囲が広いねー。山岸涼子は知らんなー、竹宮恵子は「地球(テラ)へ」だっけ?。エロイカも読んでない、、、タブン、定かでなし。荻尾望都は?。頭が壊れるよ、ヘ(゚ー、゚)ヘヘヘヘヘー
経験者談。読んでみない?。(ヒッヒヒッ)

>と、横道は此処までにして。

そうしよう。好き者というのは良く分かった。(^ー^)ニヤ

○の名を無闇に口にする無かれ
それはムスリムに言ってやって、インシャラー。

>これは多分、現在は自然権として認められていると思います。

認められてるよ、ただ範囲を超えて権利を持ち上げてる。エコノミックアニマルは儲かる事は良い事なのだから、公正さを考えるより公正さを利用して誤魔化し儲ける。権利は大きく義務は小さくしようとしてないかな?。自由の権利に対する義務の大きさが等しいか考える必要が無いかな?。

>だから常にその周囲から、そんなものは神の意志や義や誠のはずはない、と警告しなければならない。

どっちを向いてるの?。反対の様な。

>そういう不定型なモノに従おう、と表記するのは恣意的な操作を受ける根拠を与えるようなものではないでしょうか?

えーと、も一度蒸し返すと堂々巡りになりそうだけど、宗教側から道徳側に攻めてくるなという話。誰の教えか知らねども、人の領分に入って来るな、人の側から引き下がる必要はないじゃないかということです。人は人の経験と知識で道徳を構築しそれを行動指針にすれば良いのでは。それが分からない○の教えを犯すからと言って引き下がらなくても良いのでは?。無条件に離れろと言うのは可笑しいのでは?。
人はもっと観察力洞察力を磨き思慮分別を身につけるべきでは、と言う話。「~する」というのはそういう意味です。

うーん、また訳分かんなくなりそうだけど続ける?。
誰も見てないだろうから適当にしーましょ。

「。」「、」(少女マンガより。誰だったか忘れた(^-^;))
  1. 2005/10/11(火) 22:30:09 |
  2. URL |
  3. はむれっと
  4. [ Edit]

問題整理

>荻尾望都

「100億の夜と1000億の~」って作品もありましたね。

>○の名を無闇に口にする無かれ
それはムスリムに言ってやって、インシャラー。

いや、自分達で言ってる分は別に他人がどうこう言うことでもなく良いんですけどね。
ブッシュさんのはマズイだろうと。
時が時ならローマ帝国皇帝みたいなモンですから異教徒は戦々恐々ですよ。
日本国首相がその立場から公式に何時でも場所を弁えず言っても良いと言うことでもないし。

ちょっと問題整理しましょうか?

20条改憲反対派と賛成派としてここで話してきて、それぞれが自分の考えからその理由を述べたんですよね。
で、少なくとも此処での対立点は微妙だけどハッキリしてきたようですよね。

共通認識部分は、政教分立が厳密にはできそうにない、という点です。

その上で反対派たる私は、それでも大人的なレトリックとして残すべきであり、残し方としては、憲法上の認められる認められない「宗教」を定義峻別する必要性を認めた上で、憲法法文上のように「宗教」周辺的には曖昧にして内的勢力の恣意的な固定や力の行使を、外的に抑制もしくは禁止できるように保存すべきだと言ってるわけです。

一方賛成派である、はむれっとさんは、そういうややこしい事はせず単純に、宗教らしい宗教をやはり定義して、集金目的のいかがわしいのや反社会性の高そうなカルト系は「信仰活動の自由」保護の対象から外したうえで、ズバリ自然権的な表記としてスルッと素直に書き換えるべきだと言うことですよね。
ま、私の理解ですけど。

で、憲法で扱っているのは国家や政府の源泉、法制原則や限界線引きですよね。

はむれっとさんの主張は国連憲章で謳われてる人権部分のようなので、別段日本国憲法で再宣言する必要はないと私なんか言っちゃってる訳です。

じゃ、日本国憲法では信仰について何も言及しなくて良いのか?と言うとそれは不安がありまくリングなんで、勝手解釈が入らないような補強(宗教の定義)はしないといけないと。

で、定義された宗教をどう扱うのかを国として具体的に明確にする必要があって、その原則が20条のような表現になる。

取り扱う宗教の定義がなければ欠陥憲法では有るんだなー。
で、合法宗教だから何でもオーケーかというと、良心や理性によって外的に縛る余地を残して置くために周辺部から語られるようにして置く。

難しいかな、こういう運営は。


  1. 2005/10/12(水) 19:46:15 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

「、」

トリルさん、整理ありがとうございます。m(_ _)m
自分の発言の引用だけど>「。」「、」(少女マンガより。誰だったか忘れた(^-^;))
は分かんねえよな、反対の立場なら私も分からんだろうな。句点か読点か、終わるか続けるか?って謎掛けでした。(^^;

私の言いたかった事が自分でも少し分かって来た。
と言う事は今までは良く分かって無かったんだな。ご迷惑掛けたかもしれません。御免ください。
テーマから外れた事を言おうとしてたのかもしれない。
一寸自分で自分を整理しますので一寸待ってねー。
  1. 2005/10/13(木) 05:08:04 |
  2. URL |
  3. はむれっと
  4. [ Edit]

公個の憂い

トリルさん、こんにちは、
上手く纏まったか心配なんだけど、今の日本は個人主義的なのではないでしょうか。
宗教というのはどちらかと言うと個人の権利と言えると思うのです。で、その自由は大きく肯定されている。それに対する責任の大きさはあやふやなのです。バランスが取れてるか分かりません。
人間はそれぞれ1個の人であるのだけど、同時に社会を作り社会の中で暮らす公の人でもある。
政治と言うのは主に公の決まりを扱うのでしょう。公の決まりを個より少なくするという事は社会構築の自己否定では無いでしょうか?。
こんな事を書くと全体主義者ファッショと言われそうだけど、今の日本では少し個人主義的過ぎるのではと思ってるからです。
今の政教分離は個の権力の方が大きいのではありませんか?。個(宗教)優先より公(道徳)優先にすべきだと思うのです。
人が個としてそれなりに公を尊んでいる時は別に宗教優先でも良いでしょうが、人が公を軽んじてる人ばかりになったら社会は歪に成って行くでしょう。
個の権利は縮小するべきだと思います、もしくは公の尊重を謳うべき。
宗教教育はするべきではないでしょう、でも道徳教育はするべきだとおもいます。宗教は権利で道徳は義務ではないでしょうか?。
権利ばっかり大きくなっては人はいがみ合うだけになるのでは?。
  1. 2005/10/13(木) 22:03:39 |
  2. URL |
  3. はむれっと
  4. [ Edit]

道徳の話なんですね?

ということは、20条とは直接関係ない、と判断してよろしいですか?

で、あれば「道徳もしくは公序良俗について」教育の在り方も含めた論議を別タイトルを用意して、論考をすすめるべきでしょうね。

このまま20条絡みで話を進めるのも、無駄に問題が複雑化するだけでしょうから。
  1. 2005/10/13(木) 22:15:06 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

「。。。」

>ということは、20条とは直接関係ない、と判断してよろしいですか?

そういう事になるかな、でも政治は「宗教を口実にして道徳から遠ざかった。」とは言えると思うのです。それが20条では?。

>で、あれば「道徳もしくは公序良俗について」教育の在り方も含めた論議を別タイトルを用意して、論考をすすめるべきでしょうね。

「公序良俗」かーその言葉も良いな、思い浮かばなかった。なかなか知恵が足りない様でご迷惑お掛けしました。m(^^;)m

>このまま20条絡みで話を進めるのも、無駄に問題が複雑化するだけでしょうから。

賛成、で、トリルさんは宗教と公序良俗どちらを優先するのが政治の役割?。
ハッ、マズイ。。。(((;・・)
  1. 2005/10/14(金) 04:32:27 |
  2. URL |
  3. はむれっと
  4. [ Edit]

ホスト側の判断お願いします

私としては議論継続に異論はないのですが、エントリーと内容が変わってきますので、福山氏の判断を仰ぎたいです。

公序良俗への指向や存在は法治国家を運営する上で前提ではないでしょうか?
つまり社会現象的には曖昧な存在である宗教より明確に骨格を形成していると思います。

ただ生活者的には、公序良俗は生活慣習に、生活慣習は世界認識に、世界認識は宗教に依存していますからね。

特定宗教に必ずしも依存しない世界認識の中で、バランスの取れた価値体系を持った生活慣習を築く事が、国民社会的にできるかどうか?

その辺が道徳教育などの着眼点になるでしょうね。
  1. 2005/10/14(金) 13:08:07 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

雑談

トリルさん、こんちは、
福山さんはお忙しいと言ってませんでしたっけ、雑談でもしもんそ。
薩摩義士伝読んでんごわす。じゃっどん、学校に推薦するほどのモノじゃなかと思いもんす。
何を伝えたいでごわすか?。
そもそも義ってなんでごわそう?。
英語版があるのでごわすか、信じられんこつごわす。
  1. 2005/10/15(土) 13:13:51 |
  2. URL |
  3. はむれっと
  4. [ Edit]

学校に購入を推薦する訳じゃありません。
教室の後ろに置いて、それとなく手を出して疑問なり感想なり、こんな話もあったんだ、と気付いて欲しいからです。

英語版の存在は間違いでした。
フランス語版はありますよ。
上記のコメント欄にURLを書き足しました。

「道徳」ってこれ見よがしな話とか当たり前の行為を年長者に提示されても、反発心とか現実的な矛盾しか思い浮かばないがちだと思うんですよ。
「綺麗事言ってんじゃねいよ」って。
読書会して議論してっていうなら修身テキストの方が良いと思いますけど、そういう押し付けがましいのとはまた違うアプローチが有っても良いと思ってね。
ま、小学生には難しすぎるとも思うし、成人でさえ受け付けられない絵柄やストーリーという面もあるんですけどね。

自己犠牲、共存共栄、誇り、相身互い、社会の矛盾、無理難題の押し付け、社会貢献、差別問題と盛りだくさんな要素が、ひとまとまりに破綻無く入っているし、元は史実なんですよ。

「薩摩義士伝」等の優良な事績を世界認識と生活慣習上の起点として据え、公序良俗の基礎条件を考える機会になればと思ってます。
反発も含めてね。

*司馬遼太郎「坂の上の雲」「飛ぶが如く」も好きですが、リベラリストには治水工事の方が受けが良いでしょうし何より漫画として画力が鬼気迫るモノがあるでしょう?
  1. 2005/10/15(土) 14:19:31 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

はて?

トリさんの狙いはよーわかりませんね。
修身テキスト読んだ事ないのですが、案外ご年配の方とお見受けします。その割にマンガにも手を出しておられる様で若そうな。(笑)
道徳と修身とどう違うのか?、よーわからん。
元は史実と仰るけど史実は真実とは違うっしょ?。報道前の事件と報道後の記事の様なものか。
公序良俗の基礎条件かー、反発も含めてとの事、含蓄有るお言葉。反面教師が狙いとお見受け致しました。
いや一寸ひねくれてる我が身でございます。m(_ _)m
鬼気迫り過ぎてるよ。

昔は師範今は教師、どちらが良いのやら。
管理人の目を盗んで何をしよるんやら。A^_^;)
誰も見よらんやろから、ゴソゴソ。こそこそ。
  1. 2005/10/16(日) 01:12:47 |
  2. URL |
  3. はむれっと
  4. [ Edit]

プライベートなことは秘密よん

>反面教師が狙いとお見受け致しました

結構当たっている。
が、そうでも無いとも言える。
ともかく、もし最後まで読まれるようならまた感想でも聞かせてください。

修身の本は最近現代語に直し復刻されて本屋に出てますから是非目を通されても宜しかろうと思います。
簡単に言うと数人の偉人伝記をまとめたような体裁だったと思います。
二宮金次郎とか。

国際リベラリストには、同系統としてむしろ鈴木大拙の日本的霊性http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003332318/qid=1129394338/sr=1-3/ref=sr_1_10_3/249-0917251-5347522
をお薦めします。
元は英語で書かれて外人に理解してもらう為に書かれたようです。
内容は主観的目的が客観的事実より勝っている(笑)ようですが、結構読ませます。
薄い本なので、あっと言う間に読めるのも良いです。
新渡戸稲造の「武士道」もそういう目的で英語で書かれたんですよね。

真実は藪の中。

学者でない限り(学術的興味でない限り)史実からそれぞれ汲み取るモノがあればそれで良いのではないでしょうか?

*訂正
鈴木大拙「日本的霊性」は良い本ですが、挙げた後に何か気持ち悪いモノが残っていたので考えてみたのですが、他の本と間違えてました。
謹んでお詫びいたします。

内村鑑三「代表的日本人」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4003311930/qid=1129577428/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/249-0917251-5347522
を想定して書いていました。
  1. 2005/10/16(日) 01:46:54 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

>結構当たっている。
が、そうでも無いとも言える。
ともかく、もし最後まで読まれるようならまた感想でも聞かせてください。

当ったか、ありがと。感想ねー、、、
御無体な。

>学者でない限り(学術的興味でない限り)史実からそれぞれ汲み取るモノがあればそれで良いのではないでしょうか?

そうかもしれないけど、逆理の様な気もする。
そん子のサガ次第という事でごわすか?。

暫し戻りて、法は宗教のみ知りても公序良俗のみ知りてもその境を示す事は出来ますまい。
道徳の話は別問題と思うのは違うのではありませんか?。双方考え定めるモノでは。
  1. 2005/10/16(日) 10:05:16 |
  2. URL |
  3. はむれっと
  4. [ Edit]

果たして道徳とは法で定める事なりや?

はむれっとさんの言う「法」は国などが定める法律のことなんですよね?

未成年の喫煙飲酒。
一定年齢未満との性交渉禁止。
立ち小便や公然猥褻の禁止。
ゴミ不法投棄の禁止。

とかもありますけど、これらは個々の行為を禁止して罰則を規定しているんですよね。

で、はむれっとさんの言う道徳と法の関係は、道徳的な概念を規定して法律的に定めた方が良いんじゃないの?ってことなんでしょうか。

そのために道徳をどのように概念として規定するかできるかを問いたいと言われてるのでしょうか?

敬老を法的に罰則付きで規定したとして、年寄りのする事決めた事に前科を覚悟しなければ抗弁できないという風にならないには、そのために冗長な法文を付け加えるんでしょうか?

>法は宗教のみ知りても公序良俗のみ知りてもその境を示す事は出来ますまい。

宗教についてはその匂いを限りなく薄めるでしょう。
というのも宗教の数は増減して限りなく不定型ですからそれを知り尽くすこと捉え尽くすこと法に反映させることは厳密には不可能ですから。

>道徳の話は別問題と思うのは違うのではありませんか?。双方考え定めるモノでは。

法は明らかに探し出して考え定めるモノですが、道徳は基本的にそれぞれの社会が共有している不文律であって大上段に構えて大社会的に法文化すると色々不都合があると思います。
郷土色としてアピールするぐらいなら問題ないでしょうが、どうでしょう。
  1. 2005/10/16(日) 13:57:02 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

やめもんそ

トリルさんへ

>学校に購入を推薦する訳じゃありません。

詭弁ですよ。成る程購入を推薦した訳じゃないけど読む事は薦めてるのでしょう、いや学校じゃない?、児童?、それも違うのかな?。
薦められた私から言うのも烏滸がましいが、貴方は礼儀に欠けます。
自ら薦めた本を読んだ人に対し礼の一つも無いのですか?。
まあ、独り合点で何やら善き事が書かれてるのかと思った私如きが言う事じゃないのかも知れませんけど。薦めたる人は人としてその礼ぐらい述べては如何ですか?。

>公序良俗の基礎条件を考える機会になればと思ってます。

そう機会なのですね。内容に薦めたき事が有った訳じゃないのですね。何が狙いかお聞きしても誤魔化すばかり。各自それぞれ汲み取れるモノがあればそれで良いと仰います。何ら制する気は無いと仰りたいのでしょうか?。
機会を作りて、仕切り、反応が知りたいのですね。
感想を聞かせて下さいと言うから答えましたよ。
御無体な。正しく御無体な。でも謝辞は無いのですね。
薩摩義士伝から何を汲み取られたのですか、将軍様ですか。

>道徳は基本的にそれぞれの社会が共有している不文律であって大上段に構えて大社会的に法文化すると色々不都合があると思います。

でも礼も弁えず道徳を論ずるは何か空しい、不文律は何処に?。
不文律でも定めなきゃならないご時世かも知れません。

薩摩義士伝読もうと思った方々、読むには及びません。御無体な物語です。薦める方も御無体なら、薦められた私もご無体かも知れません。
議論を弄ぶばかりなら止めた方が良さそうです。義士伝にも有りましたよ、「議は言うな。」と、

やめもんそ。
  1. 2005/10/16(日) 17:09:42 |
  2. URL |
  3. はむれっと
  4. [ Edit]

「義を言うな」

とは子供の頃よりよく言われました(苦笑)
今でも皆内心は思って居るんでしょう。
しかし、今のところ自分は他に存在のしようがない。

その場しのぎに屁理屈並べて逃げてる居る、背後に何の考えもない人物だと私をもし思われるなら相手に為されぬ方が良いですよん。
時間と健康の害にしかならないでしょうから。

自分なりにですが誠意とバランスは取っているつもりですし芯は持って居るつもりですが、ご自身の感性に合わないからといってもし否定されたのでは、今後ちゃんと話ができるとも思いませんし。

「ご無体な」というのは、本の内容も、本を薦めたことも、本を読んだ後のすすめた私の態度も、全てが無体だということですね。
礼に反するというのですね。

それともそれを薦めた私の意図が、結局分からず仕舞いでお茶を濁されたように思われたからでしょうか?

既に自分なりにこの本を薦めた理由は述べてますし、そこからそれぞれ読み手が何を汲み取るかまでを蕩々と指図するのは野暮もいいところ、各自疑問をどこそこにぶつけるなり感想を上げるなりすればいいと思った次第です。

もちろん本を薦めた私に疑問や感想をぶつけるのも良いですが、はむれっとさんは2点で感想を述べてられますね。

「無体」「読む必要無し」と。

これをご都合主義的に繋げると、「無体な話は存在しないように目をつぶれ、知る必要はない」という事なんでしょうか?

そんな態度は道徳も信仰も公序良俗もないモンだと思いますぞ。
そういう意味で言われたならですけど。
読む必要はないかも知れませんが、読む価値は十分にあると思いますよ。

程度や質の違いはあれ「無体」な事は今も世間に溢れてますし、問題意識を持って原因を考察したり対応するには本質的に世間の不条理性とかにも人は明確に自覚すべきだと思いますよ。

「やめもんそ」ということなので返答は要りません。
エントリーとも違う話でもあるしね。
  1. 2005/10/16(日) 18:53:30 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

で?

 分離不可能の宗教と道徳、それらを元にして行われるべき政治の分離についての不毛な意見は出尽くしたのか?

 宗教、っても神様を拝む行為だけではない。神聖なる神様の前で、馬鹿なことは慎もう、という礼儀なども含まれるし、そうやって育ってきた何かがあるだろう。
 それが道徳などを発展させてきたという側面はあると思う。そんな道徳の一つの側面である宗教を否定してどうすんのかね。

 政教分離は無理でしょう。やったら無法地帯が出現するだけだ。

 しかし、この書き込みもちゃんと掲載されるのかねえ。
  1. 2005/10/17(月) 21:19:32 |
  2. URL |
  3. ここの管理人
  4. [ Edit]

一応出尽くした?

どうも”何処かにある場所”の”ここの管理人”さん。
ちょっとハンドル名がややこしいので、”何処かにある場所”さんと呼ばせてもらいますね。
問題あるようなら指摘してください。
直します。

>政治の分離についての不毛な意見は出尽くしたのか?

少なくとも厳密な政教分離ができないと言う認識以外の意見が出ていないので、その点では議論になっていないんですよ。
ま、当たり前って言っちゃそれまでなんですけどね。

それで、”何処かにある場所”さんは20条についてはどうなんですか?
思うところ何かありますか?
福山氏が忙しそうなので進行させますね。

  1. 2005/10/18(火) 14:56:31 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

そーねー

 福山は忙しいんじゃなくて、何も言えなくなっただけじゃないのか?


 政教分離は、

・国のあり方を崩壊させるような宗教は排除される
・宗教は脱会の自由がある限り許容される

ってなところか。宗教と結びついてない国家が存在するのかが疑わしいし。
 まあ、ものによるでしょ。
 そーゆー意味では、

>厳密な政教分離ができない

ってのに同調。でも、他の人とは微妙に意味合いが違う可能性は大きい。どーしたもんかなー、と思案中。
  1. 2005/10/18(火) 21:48:03 |
  2. URL |
  3. ここの管理人
  4. [ Edit]

参加歓迎

そうなんですよねー。

だからといって政教一致を謳うのも何だかなーですからね。

だから、自分なんかは憲法20条なんかは現状で良いかなって感じなんですけどね。

はむれっとさんは「政教分離ができないなら政教分離を謳う20条は改憲すべきじゃないか?」っていう事みたいです。
理は合ってるんですけどね。
  1. 2005/10/19(水) 01:27:49 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

政教分離は大事

 前の戦争の時、日本全国・朝鮮半島・台湾・占領地でも宮城遥拝、御真影最敬礼、神社参拝が強制されました。参拝しない人は、非国民として逮捕・拷問され、死に至らしめられた人もいます。朝鮮半島ではクリスチャンは2000人投獄され、200人が死んだそうです。国内でもいろいろな宗教団体が弾圧されました。残念なことに、そのころ私の祖父は特高警察でした。
 戦後、憲法で政教分離を厳格に定めたのは、こういう過去があるからです。でも、前の文部科学大臣町村氏などは、2006年4月のテレビで日本の子どもたちにはみな神社参拝できるようにしなきゃならんと発言していました。とんでもないと思います。
  1. 2007/02/21(水) 09:28:15 |
  2. URL |
  3. 信教の自由
  4. [ Edit]

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政教分離

イキナリ堅いネタだけど、政教分離について議論をしようというBlog発見。 http://peace9.blog23.fc2.com/ 椰子の実の意見としては、先日の大阪高裁の違憲判断はおかしいと思う。 国際的にみてもここまで政教分離を徹底している国はないとおもうんだけどどうなんだろう。
  1. 2005/10/04(火) 20:17:06 |
  2. ヤシノミ
 

  

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