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9条改憲論について(その3)

当ブログでは、これまでに以下の記事のコメント欄で9条改憲論について議論してきました。

9条改憲論について(その1)
9条改憲論について(その2)
9条改憲論とアーミテージ報告

またトラックバックを使った返信記事もありました。
9条改憲論について(トラバ返信用)


さて今回は2004年11月に発表された以下の資料を簡単に解説したいと思います。
是非、皆様も原文を一度読んでみてください。

Japan’s Constitution and Defense Policy: Entering a New Era?

【注】上記のリンク先は認証許可が必要だという報告がありました。
↓こちらのダウンロードサイトから同一のPDFファイルを落とせます。
http://www.ndu.edu/inss/strforum/SF213/SF213_Final.pdf



これはアメリカ人がアメリカ人に向けて書いたもので、9条改憲までの展望が詳しく説明されています。

アメリカ人から見ると私たちは4つの集団に分類できるのも興味深いですね。
Alliance Nationalists:日米安保の体制下、日本の協力を拡大したいと考える日米同盟重視の愛国主義者。
Internationalists:国連への協力を重要視したいと考える国際協調主義者。
Neo-nationalists:日本の自主防衛能力構築に主眼をおいている新しい愛国主義者。
Pacifist:9条の精神や平和を重んじている平和主義者。



(皆様はどのグループに入りましたか?)
私はもちろんPacifistですがInternationalistsでもあるかもしれませんね。

私が面白いと思ったのは、以下の部分です。

If the Iraqi transition turns out well, both those advocating a closer alliance with the United States and a more active Japanese role in international peacekeeping activities will be strengthened.
Conversely, if the Iraqi experience is widely seen as a mistake, both advocates of a more autonomous defense and of a more explicit UN mandate for the future dispatch of SDF units will gain strength.
もしイラクの変遷が良いとわかれば、密接な日米同盟と活発な日本の国際平和維持活動の役割拡大の支持が今よりも強化されるだろう。
反対に、もしイラクの経験が過ちとして広く認識されれば、自主防衛と将来の自衛隊の国連の明快な派遣命令に備える支持が強化されるだろう。


またこの資料によるとアメリカからの9条改憲のプレッシャーは、1996年のクリントン大統領と橋本首相の間で交わされた「U.S.-Japan Security Declaration」から始まったそうです。
ミサイル防衛が色々な所で9条と関連付けられていたり、アーミテージ報告についても述べられています。


イラクで死んだ米軍兵士

【写真:イラクでの米軍戦死者数は1900人を超える】
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  1. 2005/10/09(日) 06:58:06|
  2. 政治|
  3. Trackback:1|
  4. Comment:23

  

Comment

上記のページは認証を要求して入れませんでした。
検索した結果以下のページをクリックしたら、デスクトップに落とせました。

http://www.ndu.edu/inss/strforum/SF213/SF213_Final.pdf

そうですね、私はPacifistでは違うんでしょうな。
9条精神ならば2項を除けば尊重したいんですけど(笑)
平和というのが相手の言うが儘になるという事なら、私は平和に反対ですよ。
しかし言い分にはちゃんと耳を傾け、此方の立場や言い分も伝えなければなりません。
また、話し合いで解決しないからといって、此方から軍事力で物事を進めてしまう事にも反対です。

それ以外の3つのポジションですが。

うーん。
自分はNeo-nationalistsなのかな?
米国も国連も過剰に期待すべきではないと思うので。
ただ、単独主義が現実的ないことも十分分かって居るつもりだし、機能不全がちな国連よりは当面は米国寄りで良いと思う。
国連の持つ大義的なモノと米国の立場を繋げておけるような位置に日本が居られれば良いんですけどね。

そういう意味ではAlliance NationalistsとInternationalistsの中間かも知れない。

多分、日本人の主軸はこんな感じだとも思ったりもする。

  1. 2005/10/09(日) 18:06:25 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

いつもありがとうございます。

ため吉も、もちろんPacifistです。
だからと言って、左というわけでもなく、
右でもないです。
そういう人って多いと思うのですが、なぜ
右か左で分けようとする方がいるのでしょうか。
ため吉は、困るので、ノンポリと言ってます。
  1. 2005/10/09(日) 22:04:56 |
  2. URL |
  3. ため吉★
  4. [ Edit]

トリル様へ

こんにちは。
認証を要求されるとは、知りませんでした。
早速、記事本文に訂正を入れておきました。
教えて頂き、ありがとうございました。

現在の国連に対して私は失望していますが、それでも将来的な期待をまだ持っています。
アメリカが本気で国連改革をする気になれば国連は機能すると思っていますが、その気がないようなので当面は今のままでしょうね。
  1. 2005/10/10(月) 05:29:33 |
  2. URL |
  3. 福山達也
  4. [ Edit]

ため吉様へ

ため吉様、こんにちは。
そうですね。
右翼とか左翼という言葉で9条改憲派や護憲派を区別するのは、間違っていると私も思います。
実際に自民党や民主党の中にも護憲派の国会議員はいるようです。

紹介した論文を読んで、アメリカは小沢氏が提唱した自衛隊とは別組織の「国連協力隊」設立を警戒しているように私は感じました。
その理由はこの小沢氏の案ではアメリカにとって日本が9条改憲しても実利をなかなか得られないという計算があったためと思われます。
今、現在、そういう提唱は声が小さくなっていることから判断しても、日本の改憲派政治家はアメリカの要求を理解していると私は思います。

【参考】
第5部 「名誉ある地位」とは 座談会(その1)
http://ozawa-ichiro.jp/massmedia/2004/04.6.24.htm
  1. 2005/10/10(月) 05:56:22 |
  2. URL |
  3. 福山達也
  4. [ Edit]

こちらにもこんにちは!

こちらにもこんにちは!
椰子の実です。

読ませていただきましたが福山さんは、アメリカ陰謀説がある以上、改憲論はそこに端を発しているとお思いでしょうか?
あとは、右翼左翼の話で「実際に自民党や民主党の中にも護憲派の国会議員はいるようです」と書かれていますが、自民党や民主党が右翼という見解でしょうか?
もしそうだとしたら福山さんの眼を疑います。

もうひとつ、「国連協力隊」構想は非常にあやふやな考え方なので声が小さくなっているのだと思います。
福山さんがどこかで述べられているとおり現在の国連の実効力は低いではないですか。
いま、大黒柱がない状態でそんな声を大きくするほうが馬鹿だと思うのですがいかがでしょうか?
  1. 2005/10/10(月) 13:22:11 |
  2. URL |
  3. 椰子の実
  4. [ Edit]

疑念や不安には同意

私は福山氏の疑念や不安には同意するので、それを封じるような反対姿勢にも、福山氏の見解以上に不安を覚えます。

国連が正常に機能する事と米国の有り様が共存する事が可能かどうか?

それが可能だとしたら?

米国については世界への関与度を大幅に取り下げることだと思います。
この事で日本周辺の力の空白は日本自身が埋める意志を持つ必要があるでしょう。
もちろん周辺国と合意して軍備削減できれば一番良いです。

国連の健全化は私は無理だと考えてます。
もちろん組織の自浄化なんて信じませんし、強国の言いなりにもならないでしょう?
二国間、地域間の組織が緩やかに国連に成り代わるんじゃないかと想像しています。
  1. 2005/10/10(月) 15:23:15 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

椰子の実様へ

こんにちは。

>読ませていただきましたが福山さんは、アメリカ陰謀説がある以上、改憲論はそこに端を発しているとお思いでしょうか?

9条改憲がアメリカの陰謀だとは過去一度も私は発言していません。
ワシントンが9条改憲を要求してきていたと述べてきましたし、その資料も紹介してきました。
これらを陰謀とは呼ばないと私は思います。


>あとは、右翼左翼の話で「実際に自民党や民主党の中にも護憲派の国会議員はいるようです」と書かれていますが、自民党や民主党が右翼という見解でしょうか?もしそうだとしたら福山さんの眼を疑います。

いいえ、全然違います。
前回、私がため吉様へ書いたコメントを引用されていますが、もう一度全文を読んでください。
そのようなことは、全く書いていません。


>もうひとつ、「国連協力隊」構想は非常にあやふやな考え方なので声が小さくなっているのだと思います。福山さんがどこかで述べられているとおり現在の国連の実効力は低いではないですか。いま、大黒柱がない状態でそんな声を大きくするほうが馬鹿だと思うのですがいかがでしょうか?

「馬鹿」という単語も相手に誤解を与える可能性があるので極力使用を避けた方が良いと私は思いますよ。
国連の力が低いのは事実ですが、それでも日本が国連に協力することは国益から見て必要だと私は考えています。
  1. 2005/10/11(火) 08:01:49 |
  2. URL |
  3. 福山達也
  4. [ Edit]

トリル様へ

こんにちは。

>私は福山氏の疑念や不安には同意するので、それを封じるような反対姿勢にも、福山氏の見解以上に不安を覚えます。

そう言って頂けると嬉しく思います。
色々試行錯誤しながらマイペースでやるつもりです。


>国連が正常に機能する事と米国の有り様が共存する事が可能かどうか?それが可能だとしたら?

ともて難しい問題ですが、今のアメリカの単独行動主義が今後変わる可能性はあると思います。
理想的な国連改革ができると仮定すれば、いずれ各国の憲法を超越する世界憲法も夢ではないと思いますが、現時点では夢のまた夢ですよね。


>米国については世界への関与度を大幅に取り下げることだと思います。この事で日本周辺の力の空白は日本自身が埋める意志を持つ必要があるでしょう。もちろん周辺国と合意して軍備削減できれば一番良いです。

なるほど、共感できます。
しかし北朝鮮の核・ミサイル問題や台湾危機、中国の民主化などまだまだ知恵を絞らないといけない難題がたくさんありますね。


>国連の健全化は私は無理だと考えてます。もちろん組織の自浄化なんて信じませんし、強国の言いなりにもならないでしょう?二国間、地域間の組織が緩やかに国連に成り代わるんじゃないかと想像しています。

何を持って健全というかによりますが、私は国連改革をしなければならないと考えています。
私の理想は、拒否権の制度を廃止して変わりに1国につき1票というのを国ごとにポイントを振り分けて投票で国連の意志を決定するやり方が望ましいと考えています。
それとは別枠で二国間、地域間の組織が経済圏や安全保障機構として発展していければ良いと私も思います。
しかし実現までは遠い道のりですよね。
9条を脇に置いて、トリルさんと世界の理想論の話をしてみるとかなり私と考え方は似ているような気がしました。

ところで今後しばらく忙しくなるのでトリル様の返信に対する私の返信がかなり遅れると思います。
それから機会があれば、ご紹介のあった「薩摩義士伝」を私も読んでみたいですね。
では、また。
  1. 2005/10/11(火) 08:05:18 |
  2. URL |
  3. 福山達也
  4. [ Edit]

>1国につき1票

自由な判断をできる一人一票なら賛成。

国といえども色々あって、正直同じ1票では無理があると思う。
中国とモナコが同じ1票というのは、議題にもよるけど本来無理があるでしょう?

>実現までは遠い道のりですよね

列強ナンバー1,2の米国と英日辺りが国家としての存続を放棄する用意があり、世界に溶ける覚悟があって、それを世界にも要求できるなら目はあると思いますよん。
  1. 2005/10/12(水) 19:54:26 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

いつもありがとうございます。
興味深く拝見させていただいております。
郵政民営化法案が参院でも可決しました。
自民党の造反議員と言われている人達の中に、法案賛成に1票を投じた議員がいました。落胆しました。
中身の変わっていない法案に対して、賛成したということは、選挙までしておいて、これではとんだ茶番だと思いました~
もし、今後国会で、9条改正が議題に上ったらどうなるのでしょうか。
少し怖いです。
  1. 2005/10/17(月) 14:20:43 |
  2. URL |
  3. ため吉★
  4. [ Edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2005/10/17(月) 18:42:28 |
  2. |
  3. [ Edit]

9条2項の意味

9条2項を削除する意見のお改憲論も2項をそのまま守る護憲論も同じように2項の意味を取り違えているように思います。改憲論者は2項のために自衛のための戦争もできないので削除したいと思い、護憲論者は自衛のための戦争もすべきではないと思って2項を守りたいと思っているようです。まず戦力の不保持ですが、戦力は防衛力とは違いますので、防衛力を保持していれば自国の防衛はできます。次に交戦権ですが、これは防衛権ではありません。宣戦布告する権利です。交戦権はなくても防衛権により、予防的先制攻撃が防衛として定義できれば、予防的先制攻撃も可能です。満州攻撃や真珠湾攻撃は戦力により実行されています。防衛力ではそれらの攻撃は実行できません。東京裁判のとき、日本側弁護団はこれらの先制攻撃を自衛のための戦争として弁護しましたが、防衛権とは認められませんでした。その攻撃を事前に周知させていなかったので、予防的とは日本以外の国には認められなかったのでしょう。2項を削除するということは真珠湾攻撃や満州攻撃のような攻撃を可能にするということになります。その理由は防衛権の名の下に戦力を使用できることになるからです。
  1. 2005/10/31(月) 02:12:41 |
  2. URL |
  3. 玉川陽平
  4. [ Edit]

玉川さんへ質問

こんにちは。はじめまして玉川陽平さん。

幾つか質問させてください。

1)戦力と防衛力が違うとのことですが、それは具体的にはどういう事なんでしょうか?
装備や戦略概念が違うというのは分かりますが、その辺明確な状況ばかりではないと思うのですがどうでしょうか?
確実に自国領内でしか使用しない兵器群と用兵思想のことでしょうか?
もしそうであれば、交戦下にあっても直接策源地は攻撃や偵察の対象にはならないというのでしょうか?
そのための手段は持たないということでしょうか?

因みに私は軍事力に防衛力も何も分別することはナンセンスじゃなかろうかと思ってます。
もちろん攻撃主体の大系と防御主体の大系は違ってきますが要は対応力の質や大きさの問題ではないかと思ってます。

2)予防的先制攻撃の考えられる定義を示唆して頂けませんか?
いわゆる大きな戦争を避けるための小さな戦争、予防戦争は交戦者自身が言うことを認めるならば大抵の開戦行為がそうなると思うのです。
当事者以外の誰が認めれば予防的扱いとして認められるのでしょうか?
強者の論理になりはしませんか?
また、先制攻撃という用語と予防的という意味合いとは、一応別に考えるべき問題だと思いますが?どうでしょうか。

3)客観的国際的に「予防的」と認められるお墨付きを何かの代償に得たとすれば、「防衛力」の行使が日本独自に行えるという意味ならば、「予防的」の意味を厳密化する事で2項は不必要になりませんか?

以上、愚考した次第です。
  1. 2005/11/01(火) 21:33:43 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

戦力と防衛力

→トリルさん、ご質問ありがとうございます。項目ごとに回答させていただきます。

1)戦力と防衛力が違うとのことですが、それは具体的にはどういう事なんでしょうか?
装備や戦略概念が違うというのは分かりますが、その辺明確な状況ばかりではないと思うのですがどうでしょうか?
→そのとおりだと思います。
確実に自国領内でしか使用しない兵器群と用兵思想のことでしょうか?
→義務としての戦争(国連軍、国連平和維持軍への参加)のことを考えれば、海外での活動が多くなると思います。
もしそうであれば、交戦下にあっても直接策源地は攻撃や偵察の対象にはならないというのでしょうか?
そのための手段は持たないということでしょうか?
→義務としての戦争、義務としての防衛のことを考えれば、直接攻撃も必要だし、偵察衛星などできる限りの情報が必要

であり、そのための手段も持つことになります。
因みに私は軍事力に防衛力も何も分別することはナンセンスじゃなかろうかと思ってます。
→私は戦力と防衛力を分別することがもっとも大事なことだと考えています。
もちろん攻撃主体の大系と防御主体の大系は違ってきますが要は対応力の質や大きさの問題ではないかと思ってます。
→攻撃主体、防御主体で体系が違うというのは同じ考えです。後段の対応力の質や大きさの問題というのは、軍事力を戦

力と防衛力に分別することはナンセンスというご意見に対する補強の意味で、質が高く、大きければ戦力とみなされ、質が

低く、小さければ防衛力にしかならないので、戦力と防衛力は軍事力の強弱を示すものでしかないということなのでしょうか

。ここで難しいのは防衛力の方が戦力よりも質が高くなければ、守り切れないように思えることです。それは防衛体系の方

がより高度な情報戦略体系として構築される必要があり、その質の高さによって防衛が可能になるからだと思います。戦

力と防衛力は軍事力の強弱とも思いますが、防衛力が戦力よりも質の面では優れている必要があります。

2)予防的先制攻撃の考えられる定義を示唆して頂けませんか?
いわゆる大きな戦争を避けるための小さな戦争、予防戦争は交戦者自身が言うことを認めるならば大抵の開戦行為がそ

うなると思うのです。
→日本の過去の歴史では、元寇も秀吉の朝鮮出兵も予防とは言ってないし、四国連合艦隊が下関を砲撃したときにも予

防とは言っていません。世界の歴史でも例がなく、ブッシュ大統領が初めて使用した言葉だと思います。満州攻撃と真珠湾

攻撃は判断が難しいと思いますが、国際的には自衛のための予防的先制攻撃とは認められていません。交戦者自身が

言うことを認めることはできないと思います。
当事者以外の誰が認めれば予防的扱いとして認められるのでしょうか?
→認めてもらうというよりも事前に周知であるということと、自国の防衛の確保であり、他国の領土や権益の確保ではない

ことが証明されなければならないと思います。
強者の論理になりはしませんか?
→強者の論理というよりも、強者の弁明であり、また弱者の論理(正当性の主張)とも思います。
また、先制攻撃という用語と予防的という意味合いとは、一応別に考えるべき問題だと思いますが?どうでしょうか。
→先制攻撃は戦争の勝利のためになされると思いますが、防衛の確保のためになされるのであれば予防的先制攻撃と

呼んでもいいと思います。

3)客観的国際的に「予防的」と認められるお墨付きを何かの代償に得たとすれば、「防衛力」の行使が日本独自に行える

という意味ならば、「予防的」の意味を厳密化する事で2項は不必要になりませんか?
→2項は戦力と交戦権についての規定です。予防的先制攻撃が戦力によってなされるか防衛力によってなされるかで内

容は異なりますが、「予防的」の意味と2項は何の関連もありません。予防的というのは防衛権を示していることになります

。予防的先制攻撃の目的は防衛の確保と講和であり、先制攻撃の目的は戦争の勝利と占領ということになります。
  1. 2005/11/04(金) 20:16:05 |
  2. URL |
  3. 玉川陽平
  4. [ Edit]

玉川様へ

玉川様、はじめまして。
9条について玉川様がどのように考えているのか、玉川様のホームページを読んで理解しました。
私も現在の9条と自衛隊は共存できると考えています。
その点については私と玉川様は同一の見解だと思います。
玉川様は太平洋戦争などの歴史の細部について詳しいようですね。
読んでいて面白かったです。
こちらの犠牲を最小限にして戦争に勝つためにはどうすればいいか、という命題を追求すると奇襲的な先制攻撃が一番有効だと思いますが、それを突き詰めて行くと核兵器の小型化を目指すことになると私は思っています。
予防戦争は相手のミサイル基地や核開発関連施設だけをたたくという戦略に基づいた武力行使で、これは国の交戦権を行使する行為だと私は思います。
したがって現在の9条では予防的先制攻撃は不可能ですが、その代わり日本には日米安保がありますので、私たちには必要十分な抑止力はすでに保持していると私は考えています。
では、また。

追伸:コメントを書いた時にPassにパスワードを入れておくと[編集]で修正することができます。その際にPassにパスワードを再入力する必要があります。
  1. 2005/11/05(土) 08:05:19 |
  2. URL |
  3. 福山達也
  4. [ Edit]

玉川さんへ確認しますね

1)「戦力」と「防衛力」の違いは兵装の違いと言うより戦略による情報収集力や分析力、外交力をより多く含む概念で、その目的が「防衛の確保と講和」とし、普段からの政府の態度や外交方針に依存する部分が多い。
また、兵装に関してはより質的優位性を要求される体系を維持する。

と言う風に解釈してよろしいでしょうか?

で、あるならば、兵装に関してはその情報力や分析力も含めて目標とすべき対象は米軍に近いと思いますが、玉川さんもそれを念頭に置いて「防衛力」を使っているのでしょうか?
またいわゆるミサイル万能論とポストミサイル状況の想定があるように、質的途上には常にその無効化状況に対応する保険も必要と思われますが、その辺自分は「防衛力」「戦力」の線引きは曖昧にならざる得ないと考えますが別に通常兵装群を物理的に大量に抱えるべきだなんて思いませんが玉川さんはどう考えなのでしょうか?お教えください。

2)>事前に周知であるということと、自国の防衛の確保であり、他国の領土や権益の確保ではない

自国の防衛というのは自国の死活的権益も含まれるのでしょうか?
自国の防衛に他国の領域の占有が必要な客観的状況が発生した場合は事前に周知して防衛力を行使できるのか?
で、それは戦力でもなければ交戦でもないという事でしょうか?
第2次上海事変のケースはどう思われますか?

話ついでに、福山さんにも。

戦術核を装備するということは、そのバックボーンに必然的に戦略核を持たなければならないと考えます。
戦術だろうと戦略だろうと一旦核兵器を明確に先に使う意志を示した場合は、当然双方の大量破壊兵器使用の敷居は低くなります。
双方が抑制心を持つとしたらそれはバックにより大きな破壊がある場合だと思われます。

米政府がいざという場合に期待したとおり信用したとおりに概ね動いてくれると考えるのは認識が甘いと思います。
条約を違わない程度には通常は動いてもらえると考えて良いと思いますが、通常でない場合は大統領の判断で変わり得るはずです。
  1. 2005/11/05(土) 23:26:46 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

トリルさんへ、回答します。

1)戦力と防衛力
私は戦力と防衛力の違いとして、兵装のことばかり考えていました。情報収集力や外交や政府の態度は重要でしょうが、戦争と防衛というのは直接的な戦闘行為であり、ここはテーマを絞った方がいいと思います。前回の回答の中で「防衛体系の方がより高度な情報戦略体系として構築される必要があり・・・」と書きましたので、外交や情報収集力と思われたかもしれません。情報戦略体系で意味したのは、レーダーによる防空警戒管制や今後必要になる戦域ミサイル防衛などのつもりでした。これらの防衛システムは高度なコンピュータの情報処理により、防空識別し、スクランブルを指示していますので、情報戦略体系と書いてしまいました。紛らわしくて申し訳ありません。防衛力の方が兵装に関してより質的優位性を要求される体系というのは解釈のとおりです。

>兵装に関してはその情報力や分析力も含めて目標とすべき対象は米軍に近いと思いますが、玉川さんもそれを念頭に置いて「
防衛力」を使っているのでしょうか?
「目標とすべき対象」の意味が少しわかりにくいのですが、防衛力の兵装として、米軍の防衛システムと同様のものを構築することを目標とするということであれば、YESです。 しかし、米軍は防衛力もさることながら強大な戦力を持っていますので、そのような戦力の保持は目標としません。

>質的途上には常にその無効化状況に対応する保険も必要と思われますが、その辺自分は「防衛力」「戦力」の線引きは曖昧に
ならざる得ないと考えます・・・
兵装の技術的進歩に従って、戦力と防衛力の線引きが曖昧になっているとはとても考えられません。その違いはより明確になっていると思います。ワシントン海軍軍縮条約での総排水量比率を5:3:1.75やロンドン海軍軍縮会議で決められた補助艦全体の保有率対米比、6.975に対して、何故日本国民や新聞があれほど強く反発したのか理解しにくい面がありますが、植民地主義が善と言わないまでも悪ではなく、戦力と防衛力が技術的に分離できない時代背景だったのかと思います。

2)>>事前に周知であるということと、自国の防衛の確保であり、他国の領土や権益の確保ではない
>自国の防衛というのは自国の死活的権益も含まれるのでしょうか?
含まれません。
「死活的権益」という言葉は植民地主義が悪ではない時代の言葉だと思います。権益とはある国が他国の領土内に得た権利とそ
れに伴う利益ということであり、それは権利としての戦争によって獲得したもので、自国の防衛と言えません。地球上に植民地のない現在では、大使館や国際企業に出向した自国民がいますので、それらの人々の救出に赴くのは自国の防衛の確保になります。ここで疑問なのは、死活的という言葉です。非常に重要ということを示していると思いますが、生きるか死ぬかというハムレットの言葉のような意味だとすると、植民地主義であった英国がインド植民地における権益について死活的という言葉を使っていたかどうかです。文字通り解釈すれば、インド植民地の権益を失えば、英国は滅びると思っていたとはとても思えません。

>自国の防衛に他国の領域の占有が必要な客観的状況が発生した場合は事前に周知して防衛力を行使できるのか?
で、それは戦力でもなければ交戦でもないという事でしょうか?
「自国の防衛に他国の領域の占有が必要・・・」というようなことは、植民地がなく、運搬手段が発達した現在ではありえません。また植民地主義の時代でも自国を滅亡に追い込むほど植民地のために権利としての戦争をして他国の領域を占有すべきではありません。他国の領域の占有は権利としての戦争により発生します。それは戦力を行使して、交戦権によって獲得されたものです。防衛力や防衛権とは何の関連もありません。

>第2次上海事変のケースはどう思われますか?
植民地主義の時代における満州攻撃から始まった、権利としての戦争による武力衝突だと思います。防衛とは関連がありません。また予防的先制攻撃とも関連がありません。戦略や戦術における先制攻撃や防御などが必要であったと思いますが、いずれにしても権利としての戦争の範疇であり、戦力を最大限に使用しています。ここで重要なことは植民地主義が悪ではなく、権利としての戦争がむしろ善であった最後の時代における武力衝突であったということです。パール判事の判決によって、植民地主義が断罪されたのは東京裁判のときです。
  1. 2005/11/09(水) 16:25:07 |
  2. URL |
  3. 玉川陽平
  4. [ Edit]

福山様へ

DEBATEに参加させていただきありがとうございます。
私のホームページを読んで、面白いとおっしゃていただき、大変うれしく思いました。また9条について同一見解であることもうれしいのですが、以下のご意見については反論をしたいと思います。

>こちらの犠牲を最小限にして戦争に勝つためにはどうすればいいか、という命題を追求すると奇襲的な先制攻撃が一番有効だと思いますが、・・・
奇襲的な先制攻撃が一番有効とは、どの国の軍事学にも兵法書にも書かれていないと思います。奇襲的な先制攻撃の成功確率
は非常に低いのでそれはしないように戒められていると思います。山本五十六連合艦隊司令長官は真珠湾攻撃を計画したとき、
桶狭間と川中島と鵯越えを同時にやるようなことを考えないといけないので大変だと言っていたと伝えられています。それほど失敗の可能性が高く、賎ヶ岳の戦いで、佐久間盛政の先制攻撃により、柴田勝家が羽柴秀吉に敗北したことも、小牧・長久手の戦いで、池田勝入斎恒興の奇襲による先制攻撃の失敗により、秀吉が家康に敗れたことも知っていたはずですが、真珠湾攻撃をせざるを得なかったという苦悩があったと思います。基本的に戦争に勝つには正攻法と強い守備だと言われていると思います。日露戦争の観戦武官であったチェスター・ニミッツ提督は日本海海戦を見て、東郷平八郎元帥を非常に尊敬していたと伝えられています。敗戦した日本に来たニミッツ提督が最初にしたことは東郷元帥の旗艦であった戦艦三笠を修復展示することに努めたことだったと言われています。そして太平洋戦争においても日本海海戦のような正攻法の艦隊決戦を日本海軍がするものと思っていたように思います。攻撃兵力は防御兵力の3倍必要であるということは人類のすべての戦争で言われていることで、それが攻撃側が正攻法で攻めて一番被害が少ないことになります。硫黄島の2万の守備兵に対して、米軍は7万の兵力で攻撃しました。

>それを突き詰めて行くと核兵器の小型化を目指すことになると私は思っています。
これにも反論したいのですが、あまりにも考えるべきことが多く、次回にしたいと思います。

>予防戦争は相手のミサイル基地や核開発関連施設だけをたたくという戦略に基づいた武力行使で、これは国の交戦権を行使す
る行為だと私は思います。したがって現在の9条では予防的先制攻撃は不可能ですが・・・
予防戦争と予防的先制攻撃は意味が違うように思います。予防戦争は戦争であり、予防的先制攻撃は防衛であるという定義がで
きる可能性があるという意味で使用すべき言葉です。予防的先制攻撃が防衛であるという定義ができれば、9条とは関連がありません。

>その代わり日本には日米安保がありますので、私たちには必要十分な抑止力はすでに保持していると私は考えています。
日米安保もありますが、国連憲章51条もあります。「安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間・・・」と規定されていますので、日本が武力攻撃を受けたときには、安全保障理事会が安全の維持に必要な処置を取ってくれるはずですが、日本も安全保障理事会の構成国として、日ごろから国連軍や国連平和維持軍に参加する必要があると思います。それが義務としての戦争や義務としての防衛になります。但し、このときに安全保障理事会の他の構成国が小型の核兵器を日本も装備するように要請することはないと思います。
  1. 2005/11/09(水) 19:26:06 |
  2. URL |
  3. 玉川陽平
  4. [ Edit]

玉川さんへ最終質問です

何度もすみません。

1)について

予防的先制攻撃が奇襲性を持たないものとして表現されてるという事は分かりました。

その場合、事前に通知しての先制攻撃ですから相手側も可能な限りの対応策を採るのは自明の理です。
それでもそれが有効なオプションであるという日本側は、やはり相手に対して少なくとも軍事的手段としては絶対的有利な内に対処するという兵装を備えているということですよね。
ま、多分トマホークミサイルなどを指してるのだと思いますが。
これは少なくとも地域的には(つまり極東ロシアや中国に対しては)「状況を限れば」圧倒的な軍事力を整備し保有し続けるという事が望ましい、というご意見であられるという理解でよろしいですか?

で、先にも少し触れてますがいわゆるポストミサイルといいますか、長距離誘導ミサイルの有効性が失われた場合の「防衛力」を補完するのは暴力装置としての「戦力」は新技術で対応すれば良く必要ないということでしょうか?
第4次中東戦争のイスラエルの一時の苦境を思えば、一つのドクトリンに依存し過ぎるのはリスキーだと思いますがどうでしょうか?

2)について

日本は貿易立国であり自給自足で全てを賄うことはできないですから通商路の自由航行権の確保は重要です。
これらの通商路は自国領域だけを通っているわけではなく、自由航行が円滑に行われない状況があれば自衛権成立要件が満たされると思われますか?

当時の英国のインド植民権益は当時の英国の考える自国の地位にとっては死活的存在だったと思いますが、国が無くなるとかイギリス人が全面的にインドに寄生していてそれを失うことで死滅してしまうという意味ではないでしょうね。

米国のパナマ占有や英仏連合によるスエズ侵攻はどう思われますか?
  1. 2005/11/09(水) 23:35:27 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

トリルさんへ  回答します。

1)について
>その場合、事前に通知しての先制攻撃ですから相手側も可能な限りの対応策を採るのは自明の理です。
事前に通知して、かつ周知であり、防衛ということが証明される状況での予防的先制攻撃になります。防衛ということが証明されるとは相手側が攻撃の準備をしている、あるいはかって相手側から攻撃されたことがあり、二度目の攻撃は事前に回避したいという状況です。その場合、相手側はすでに攻撃の準備をしているわけですから、こちら側からの事前の通知に対して攻撃予定を変更するというような内容になります。
>それでもそれが有効なオプションであるという日本側は、やはり相手に対して少なくとも軍事的手段としては絶対的有利な内に対処するという兵装を備えているということですよね。
相手側が攻撃予定を変更するという意味では防衛の観点から意味のあることと言えます。軍事的手段としては絶対的有利な内に
対処する兵装というのは戦力のこと言っているのでしょうか。防衛力では絶対的有利という言葉は考えられません。防衛力というのは相手側を降伏させて、占領するという軍事力ではありません。こちらが降伏せず、占領もされないという軍事力です。防御する場合には攻撃側の3分の1の軍事力で引き分けることができます。
>これは少なくとも地域的には(つまり極東ロシアや中国に対しては)「状況を限れば」圧倒的な軍事力を整備し保有し続けるという事が望ましい、というご意見であられるという理解でよろしいですか?
圧倒的というのはここでも戦力のことを言っているのでしょうか。戦力は保持しないのですから、こんなことは考えられません。質的に優位な防衛力を整備し保持したいと考えています。
>で、先にも少し触れてますがいわゆるポストミサイルといいますか、長距離誘導ミサイルの有効性が失われた場合の「防衛力」を補完するのは暴力装置としての「戦力」は新技術で対応すれば良く必要ないということでしょうか?
暴力装置としての戦力という言葉は聞いたことがありません。相手側が持っている戦力は暴力装置と呼び、こちら側が持っている戦力は暴力装置とは呼ばないのでしょうか。暴力というのは乱暴で無法な力ですが、戦力というのは軍隊の厳格な規律の中で行使されるものだと思います。それは人類の歴史とともにあり、武士道や騎士道として受け継がれて来たものだと思います。軍隊が意味もなく暴力を振るうとはとても考えられません。暴力装置としての戦力というものがあるとすれば自国で保持すべきではないと思います。相手側が暴力装置としての戦力を持っているのでどうすべきかということでしたら、自国だけで対処することを考えない方がいいと思います。その暴力装置としての戦力には多国籍軍あるいは国連軍を編成して対処する必要があると思います。
>第4次中東戦争のイスラエルの一時の苦境を思えば、一つのドクトリンに依存し過ぎるのはリスキーだと思いますがどうでしょうか?
予防的先制攻撃というブッシュ大統領のドクトリンに依存したいと考えたことはありません。9条2項を削除しなくても防衛権により、予防的先制攻撃が防衛として定義できれば、予防的先制攻撃も可能と言っているだけです。予防的先制攻撃が失敗したときのことを考えれば、非常にリスキーだと思います。2項を削除しなければ自衛権も行使できないと考えている人たちと、2項により防衛もしてはいけないと考えている人たちへの反論として申し上げたものです。

2)について
>これらの通商路は自国領域だけを通っているわけではなく、自由航行が円滑に行われない状況があれば自衛権成立要件が満たされると思われますか?
自衛権成立要件とはわかりにくいのですが、自由航行が阻害された場合には、自衛のために攻撃することができるという意味でしょうか。自衛権というのは正当防衛権と同じような意味で、成立要件はなくても存在しているものだと思います。それだからといって、自由航行が円滑に行われない状況ですぐに攻撃することはできないと思います。円滑に行われない場合は何らかの事情があり、そのためにその通商路を利用する多くの国も困っているというような状況があると思います。日本だけの専用通商路とは考えられませんので、関係する多くの国と協同して行動する必要があると思います。
>米国のパナマ占有や英仏連合によるスエズ侵攻はどう思われますか?
米国や英仏に肩を持った言い方をすれば、通商路が阻害されて、多くの国が困っているので、米英仏が代表して占有して、通商路の安全を確保したことになると思います。しかし、パナマやエジプトにとっては国の主権が侵されたと思うでしょうから、多数決的な解決になるとは思いますが、十分に主権国家の権利に配慮する必要があると思います。
  1. 2005/11/11(金) 15:48:27 |
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  3. 玉川陽平
  4. [ Edit]

玉川さんありがとう。

結構粗雑な表現で書いた質問にも拘わらず意図を汲んで丁寧に答えていただきありがとうございました。

私は此処までの議論の中で既にコメントしてるように「2項を取り除いた上で憲法強度で戦力の運用上の制約や条件を付ける」姿勢を採ってます。
この考えに今のところは玉川さんの意見を拝聴した上でも変わりはありません。

論理的な意味で玉川さんの考えには破綻は見られませんしある意味日本の行き先について非常に慎重で好感さえ持てるのです。
然るに何故宗旨替えが起こらないのかとつらつらと思いますに、

1)戦力でない「防衛力」というものが認知され難くイメージされにくい。
これを国民及び周辺関係国に周知してもらうのはさらに難しいと思ったこと。

2)日本側より予防的先制攻撃が起こり得るという体勢を作ってしまうことが、未だ先の戦争に依るペナルティとして国際関係政治上で失われているのではないか?と考えている自分が居るという事。

もう少し詳しく言うと、多分玉川さんが想定してるような事態に対して日本政府が法解釈を振り回して予防的先制攻撃をしても、英米西側諸国や利害の外にある国は別段非難はしないだろうと思ってます。
が、平時に「その様な事態になればそういう事をする事ならできる」と規定し公表する事は、内外左右陣営から攻撃され、却って有事の行動を予め拘束しかねない結果を生むのではないだろうかと思いました。
左党からの非難は「状況によるとはいえども此方から戦端を開くとは野蛮だ」という事でしょうし、右派からは「一旦戦力を用いる上で変な制約はなるべく付けるべきでない」とか「積極的に地域安定に寄与するには強すぎる制約だ」という事だと思います。

どうでしょう。
「道具」と「用法」はやはり分けて考え規定すべきではないでしょうか?
「防衛力」という表現はその辺で誤解や曲解を受け易く、この場合は「防衛」と「力」はやはり分けて表現すべきだと思います。
「特化ハンマー」はどの様な特殊目的に特化しようと衆目には「ハンマー」ですから、「当国ではハンマーをそれぞれの状況にこの様に用いるよう規定してます」で良いと自分は思います。

もちろん、日本の戦力が「防衛力」であることが十分世界に周知する上で上手にリスク回避できるならば、玉川さんの意見に反対する理由はなくなります。
  1. 2005/11/12(土) 00:45:25 |
  2. URL |
  3. トリル
  4. [ Edit]

福山様へ  小型核兵器について

>それを突き詰めて行くと核兵器の小型化を目指すことになると私は思っています。

福山様の命題は「戦争の勝利のためには小型化された核兵器による先制攻撃が最も有効」ということだと思われます。文脈から見ると福山様のご意見は理論的にはこの命題が真だが、憲法9条があり、また米国の核による抑止力があるので、この命題による方策を採用すべきではないし、その必要もないということだと思われます。

ここでは福山様の命題が真かどうかについて検証したいと思います。
まず、戦争の勝利ですが、何をもって戦争の勝利というかという問題があります。第一次世界大戦以前であれば、戦争の勝利は「王位継承権」、「領土の割譲」、「賠償金」、「権益」をもたらします。小型であれ、核兵器は相手国の領土を獲得しても放射能のため使用できず、賠償金や権益を得ようとしても搾取する対象の人々が死滅していると思われます。この状態では戦争の勝利とは言えるとしても、獲得するものは何もなく、単に相手国を死滅させたことになります。それによって最大限に自国の安全は確保されたことになるので、自国の安全つまり防衛に成功したことになります。そうすると命題を次のように書き換えることになります。「防衛の成功のためには小型化された核兵器による先制攻撃が最も有効」、この命題が真かどうかが問題になります。この命題がもし真だとすると、国連加盟国の主権国家すべてにとって真になります。そうすると多くの国が小型核兵器を備えることになります。当然日本も9条2項を削除すれば、自衛のための戦力として小型核兵器を装備することができます。経済力に応じて小型核兵器の数は異なると思いますが、10発から50発ほど持ったとします。その場合、抑止力は働きません。何故なら、先制攻撃が最も有効という命題
になっているからです。50発持っている国が相手国の10発を先制攻撃ですべて破壊できればいいですが、1発でも残り、それが自国に命中すれば、死滅することはないとしても甚大な被害を受けるでしょう。10発しか持っていなかった国は死滅したとしても、これは防衛に成功したと言えません。いずれの場合も福山様の命題は真とは言えません。それが真とは言えないことを理解しているために核兵器拡散防止条約が結ばれ、核保有国も非核保有国も新たな核保有国ができることを抑制する権利を持っていることになります。

「防衛の成功のためには核兵器による抑止力よりも戦域ミサイル防衛の方が有効である」という命題が真であることを証明することができます。核兵器による抑止力は、報復の恐怖を相手国の心理に与えていることになり、相手国の心理状態に左右されます。戦域ミサイル防衛は迎撃能力の精度を上げることにより、核ミサイルを発射して数秒後に迎撃できれば、相手国の上で核爆発させることができるようになる可能性があります。米国が戦域ミサイル防衛に力を入れるのは抑止力に頼ることはできないと思っているからであり、長期的計画としては宇宙基地からの戦域ミサイル防衛も視野に入れています。戦域ミサイル防衛は、その名称どおり防衛であり、日本がどれだけ力を入れても、憲法9条と何の関係もありません。
  1. 2005/11/19(土) 02:29:57 |
  2. URL |
  3. 玉川陽平
  4. [ Edit]

トリルさん  良い議論を感謝します

私の考えが論理的な意味で破綻は見られないとおっしゃっていただき、ありがとうございます。少し綱渡り的な論理もあったのではないかと危惧していた面もありましたが、トリルさんの質問が現実に即した内容であり、私の考えの危うさや曖昧さが指摘されることによって、現実との乖離が少なくなったように思いました。良い議論ができたことを感謝します。

>「道具」と「用法」はやはり分けて考え規定すべきではないでしょうか?
そのとおりだと思います。人類は道具により、自己自身を進化させている生物であると定義されることもあります。私はかなり以前から人類にとって、核兵器は不要とは言えないと感じていました。その理由は、恐竜が滅びたときのような巨大隕石が地球と衝突することは必ず起こると思われるからです。そのとき衝突前に巨大隕石を核兵器で粉砕できるのではないかと考えました。この場合、核兵器は戦力ですが、用法が異なるということになると思います。
  1. 2005/11/19(土) 02:51:48 |
  2. URL |
  3. 玉川陽平
  4. [ Edit]

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玉川陽平様へ

玉川様、こんにちは。丁寧な返信、誠にありがとうございました。私からの返信がなかなかできなかったこと、お詫び申し上げます。新しいエントリーで返信したいと思います。前
  1. 2005/11/23(水) 04:24:19 |
  2. The DEBATE
 

  

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